旭将軍義仲も 仁科五郎信盛も 春台太宰先生も 象山佐久間先生も・・・・・
信濃の国、五番の歌詞。信盛は盛信の勘違い。
松尾芭蕉の墓所は巴御前の建立した53次最後の東海道大津宿の義仲寺にある。理由は芭蕉が朝日将軍を好きだから。好きな理由は心の領域で不明。
寛永21年は1644年に誕生した芭蕉、300年後の昭和19年に誕生したオイラ、気候が温暖になってきたこの頃は旅心が蠢きソワソワする。
元禄2年3月27日は新暦1689年5月16日に江戸深川を出発し全行程約600里、150日かけて東北・北陸の奥の細道の旅の初日。50で死ぬ5年前。故に本日は旅の日と決める集団がある。本来は思い立ったが吉日。Strike while the iron's hot.
徳川家康の11男の頼房の三男坊が光圀、ご存知水戸黄門様。芭蕉と同時代を生きた。天下の副将軍は旅を好まなかった様子。伊賀忍者の芭蕉の話から悪事を暴いたのだろうか?
旅を拒否し高層ビルの冷房の効いた部屋で昼間から蛍光灯を点灯し、作業服の襟を立てて、節電対策の会議は躍る。妙案が浮かびますか?東京を離れ被災地に赴き、瓦礫の後始末に汗を流し、早寝早起きが節電の実践。蓮舫節電啓発担当と行政刷新の一石二鳥。
辻元清美災害ボランティア担当の首相補佐官は何処に行っているのでしょうか?解任された噂話を聞かない風聞被害に遭っている。