MJHA(日本を再び健康な国に)〜東洋医学の実践的理論研究~

MJHA(日本を再び健康な国に)という志で、食・運動(姿勢)・休息(睡眠)に関わる問題等を論理的に説きます。

『盗まれた手紙』に学ぶ(増補2)〜患者の症状の真因を見てとっての施術の必要性〜

2017-06-17 08:17:35 | 鍼灸術・手技療法術
「筋・筋膜螺旋線」を使っての施術事例での自身のこれまでの諸々の事実、自身のアタマの働かせ方を思い返してみると、「彼らはいつも、自分の手にしている事件に対してあまり深謀すぎたり浅慮すぎたりしてしくじるんだ。」という(『盗まれた手紙』に登場する)探偵?デュパンの言葉が想起される。

本日の腰痛患者に対する「筋・筋膜螺旋線」を使っての施術、三カ月近くもそれなりに時間をかけてあれこれ工夫して、アタマを働かせて施術して来たにも関わらずその場限りのわずかな痛みの軽減しかさせられなかったものが、わずかに10分弱の施術で、「嘘みたいに楽になりました!」と大喜びで帰るということとなって、「筋・筋膜螺旋線」の威力を実感することとなったのであるが、そのことを、自身のこれまでの施術の何が不足であったのか?と本日の施術との比較であれこれ考えてみると、一般的には、対象の構造への分け入りが不充分であった、となったのだが同時に思い起こされたのが、冒頭に引用した探偵デュパンの言葉である。

ポーの『盗まれた手紙』の中で、事件を解決(盗まれた手紙を見つけるということ)したデュパンが警視総監Gを評して以下の如く述べている。

「パリの警察は……その道ではなかなか手腕があるんだよ。彼らは根気がいいし、工夫力もあるし、狡猾でもあるし、職務上主として必要なように見える知識には十分によく通じてもいる。……執られた手段は、その種の最上のものであったばかりではなく、完全無欠なところまで実行されたのさ。手紙が彼らの捜索範囲内に置いてあったなら、あの連中はきっと見つけたろう」

「手段はその種のものでは上等だったし、りっぱに実行もされた。ただ欠点というのは、その事件とそれから相手とに当てはまっていないということだったんだよ。総監は非常に巧妙な方法というのはプルクルステスの寝台(Procrustes-古代ギリシャの伝説のアッティカの強盗で、人を捕らえたたびごとに鉄の寝床にねかせ、その身長が寝台より長いときはその余った部分を斬り縮め、短ければ引き延ばして同じ長さにして殺したと言い伝えられている。……そこから転じて、対象の構造を無視して、自身を対象に合わせる、対象の構造に見合った形での働きかけをなすのでは無しに、対象を自身に合わせる、合わせようとする形での働きかけ、形而上学的な働きかけのことを揶揄して使う言葉。……例えば夏の暑さに、本来ならば自身の認識と実体を暑さに合わせる形で変化させていかねばならないのに、エアコンで冷やし、アイスを食べて体温を下げる=外界を変化させることで対処すること、これでは対処出来ていると思っているのは自身の思いだけなので、風邪を引いたり、夏バテしたりと体調を崩して行きかねない、仮に世界を丸ごと涼しく出来るのならば少しは有効かもしれないが、それとて「冷夏」が農作物に大きな害を及ぼすことに見るごとくに無理がある……というように、自分だけは一生懸命に対象に関わっているとの思いを持っていても、対象の構造を無視しての働きかけであるので結果として失敗せざるをえない、ということを言う……ブログ筆者)のようなものだと思って、自分の計画を無理にそれに適合させようとするんだね。彼はいつも、自分の手にしている事件に対してあまり深謀すぎたり浅慮すぎたりしてしくじるのだ。」


ここで述べられていること、事件を今回の腰痛治療に、また自身のこれまでの施術に置き換えて読むならば、パリの警察=自身であると思えデュパンの言葉を今回の自身の腰痛患者へ施術に対しての、またこれまでの自身の施術に対してのデュパンによる批判であると、受け止められた。対象の構造に見合ったアタマの働かせ方を何としても!と思う。

(ここで引用した『盗まれた手紙』(エドガー・アラン・ポー著 Kindle無料版)は、三浦つとむが『弁証法はどういう科学か』の中で、「弁証法の傑作と評してもいいすぎでは」無いとしている小説であるので、読んだことのない方は是非に……)
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