卒業研究について、その構想が二転三転して現在に至っている。そこで、原点を、そして原点から現在までを概観しておきたい。
鍼灸専門学校であっても卒業研究なるものがあると知ったのはほぼ一年近く前であった、と思う。自身の研究論文のイメージは、例えば、菅野幸子先生の学位論文、『日本医療の原典に見る「東洋医学」と史料に基づく古代「西洋医学」との比較文化史的研究』であるので、自身の鍼灸専門学校の学びの総括の千 . . . 本文を読む
卒業研究発表の会が行われた。主題としてはともかくも、内容的には見る(聴く?)べきもの無かった、と思えた。
昨日、鍼灸(柔整)学校主催の学術大会という場で、卒業研究発表が行われた。結局は、いくつかのグループに分かれて行なわれた研究の内の選ばれた?研究が発表されるという形であった。
ならば、自由に研究させてくれても良かったのでは無いか?発表のレベルに達していないならばそこで選抜すれば良いだけなので . . . 本文を読む
卒業研究発表の予行演習があった。グループ研究の意義を実感しつつも、中身の無い言葉を使うことの恐さを感じた。
鍼灸学校の行事である学術大会を目前に控えて、卒業研究発表の予行演習が行われた。発表されたのは、「Mテストの有効性について」「鍼灸の刺激に関わっての主観と客観の乖離について」「丹田(気海)への鍼灸施術について」そして「耳鍼について」であった。
それぞれに良く考えられており、「グループ研究」 . . . 本文を読む
ここまでの卒業研究を振り返ってみると(ここまでの、とは実験結果の検討を終えた時点でのことである)何かがおかしいと思える。その何かを分かるために、我々の卒業研究の原点ともいうべき二つの耳鍼の先行研究を再検討してみた。
まず一つ目の先行研究について、この研究においての「今回の実験で体重が増加したうち7人中5人は標準体重に戻そうとする身体の機能が働いたと考えられる」との文言から、我々は、「耳鍼には、標 . . . 本文を読む
卒業研究の結論のために全体の流れを概観をする。
(結論)
当初に掲げた二つの目的、耳鍼の効果の検証とそのことと直接的同一性である統計学の実践的な学び。
前者については、実験の不充分さからその成否の検証は出来なかった。後者についても、それが耳鍼の効果の検証と直接的同一性を持つものであるだけに、不充分なものとなっていってしまったが、それでも、事実を通しての実践的な学びを行うことで、その理解が深 . . . 本文を読む
卒業論文を書きあぐねている。「Αρχή ήμισυ παντός.」(はじめは全体の半分)なのだと……。
「耳鍼」の問題、その原点をノジェの耳鍼療法とすると、ノジェの耳鍼療法の発想の原点が地中海沿岸地域の坐骨神経痛の民間療法であることからも、耳鍼とはそもそもが鎮痛のための耳介への鍼治療であったと考えられる。
そのことから、耳鍼の効果とは耳介への鍼刺激による交感神経の働きの亢進によるものでは無い . . . 本文を読む
『実験医学序説』(クロード・ベルナール著 三浦岱栄訳 岩波文庫)を読み返している。実験の大事性=事実の大事性痛感される。
『からだの知恵』(W.B.キャノン著 講談社学術文庫)を読み返すなかで、キャノンの原点はクロード・ベルナールであるとの思いとなって、『実験医学序説』からも何らかの示唆が得られるのでは無いかとの思いとなって、読み返しはじめた。
そこには、交感神経うんぬん以上に大事なことが説か . . . 本文を読む
卒業研究の生理学的な考察の構想。一からの見直しの必要性痛感する。
卒業研究の実験とアンケートの結果を生理学的に考察しようと、そのために必要とされるであろう交感神経の問題を学び直すべく、瀬江先生の綜合看護での連載、『看護の生理学〜神経とホルモン〜(全11回)』と『からだの知恵 この不思議なはたらき』(W.B.キャノン著 講談社学術文庫)を読み返した。そのなかで、交感神経というものを知れば知るほどに . . . 本文を読む
卒業研究について、耳鍼の生理学的な考察の必要性、可能性感じる。
卒業研究は自身の問題として終了した、現在の実験データからではこれ以上やることもいうことも無い、との思いから、ここ数回、「卒業研究終了」としてその中身を、目的と考察を書いてきた。また、それだけでは不足との思いから結論と卒業研究概観の項を新たに書くつもりであった。
しかしながら、卒業研究に関わる思いを整理していくこと続けていくと、まだ . . . 本文を読む
卒業研究の「結論」の項の必要性、感じる。
卒業研究、鍼灸学校でのものは「考察」という項で、結果の考察と結論を一緒に述べていたのだが、本ブログでは、実験が不充分であるとの思いから、あれこれ考察をすることとなってしまって、当初の目的と考察のつながりが分かりづらくなってしまっている、と思える。
それゆえ、「考察」の後に「結論」の項を設けて、研究を目的から概括しておきたい。今週末には、アップしたい、と . . . 本文を読む
卒業研究の「考察」について
今回の卒業研究、そもそもが「事例報告で良い」との前提で進んできたものなので、実験がすべて終わった現在、それを統計学的に云々しようとすることに無理がある。端的には、統計学的なデータの取りかたをしていないのであるから、つまりデータが無いもしくは不足しているのであるから、より具体的には、対照群の設定がされていなかったり、設定の仕方に無理があったり、サンプル数が不足していたり . . . 本文を読む
卒業研究終了した(自身の問題としては)、これまで何度もそれについて云々してきたので、完成した?ものを、今回は「目的」を次回は「考察」をアップしておきたい。但し、現在おこなっている卒業研究そのものではなしに、自身の書いた部分のみの、それを自身の認識のままに、という形ではある。理由は、卒業研究がグループ研究であるので……。
「耳鍼による人間の体重変動について〜卒業研究を通して統計学を実践的に学ぶ〜」 . . . 本文を読む
卒業研究の「目的」を書いた。自身の文章力すなわちアタマの働きの実力を視ることが出来たと思う。
昨日は卒業研究の「目的」をブログにアップした、続いて本日「考察」をアップして、卒業研究について書くことは終わる(ブログでは)予定であったが、ブログにアップした「目的」を見返していると、自身のアタマの中の像を文章化できていない、しきれていないということ感じられ、ブログ記事と自身のアタマの中の像とのギャップ . . . 本文を読む