肉食について五行説で考える。
肉食が元気を出してくれるとして、様々な肉のうち何を食べるべきか?
五行説では肉(家畜?)を、鶏(春-肝-木)、羊(夏-心-火)、牛(土用-脾-土)、馬(秋-肺-金)、豚(冬-腎-水)に分類されている。
それゆえに、夏には羊肉を!とまずは考えられる。
あるいは難経69難、「虚すればその母を補い、実すればその子を瀉す」によれば、夏バテであれば、夏の臓である心が虚し . . . 本文を読む
肉食の効用にも陰陽二重性がある、と思える。
老人は肉を食え!とか鬱には肉が良いとか、肉食のススメを日常的に目にする。
それに対して、自身ではこれまで肉食に否定的であった。自身の実感としても(肉食を避けると、身体が軽い、疲れにくい、暑さに強い......)、南郷先生の説かれることからも、例えばからすれば、肉は極力食べない方が良い!との思いになっていた。
それゆえに、ここ数年は、週に一度のタンパ . . . 本文を読む
海でのリハビリ行った。季節の移り変わりを実感した。
先日の鹿児島行以来、胸部に痛み(おそらく肋間神経痛)があり、なかなかに治らないので、昨日は海でのリハビリ行った。
波が荒く(おそらく土用波)、僅かに二時間ほどの海中での運動であったが、荒波に翻弄されることで船酔いのような状況となってしまった。
三半規管等の平衡感覚をつかさどるものの衰えを、自身の衰えを、土用波波へと変わっていっている波の激し . . . 本文を読む
目に見えないものを書くこと(目に見えるようにすること)の大事性困難性。
我々の施術で考えても、目に見えないものを見ることは大事性なことである、というよりも、そのことを抜きにしては病の実態(これも目に見えないものである)に迫れない、ゆえにまともな施術が可能となって行かない。これは自身の事実で考えてみれば......。
それだけに、人類はその努力をしてきた。それのみならず、目に見えないものを視たも . . . 本文を読む
目に見えないものにも二重性がある。
事実的と論理的。
前者は、例えば、身体の内部構造、過去の出来事(=病の経過)、生活過程(食、睡眠、運動)、経絡、経穴......。
後者は、例えば、神経とは何か、病とは何か、食とは何か、経絡とは何か......つまり、ものごとの共通性だとか一般性だとか、過程的構造だとか......。
両者は共に目に見えないもの、ではあるけれども、違うものである。
論理 . . . 本文を読む
目に見えないものを見ること、そしてそれを文章として書くこと、の大事性困難性を日々痛感している。
こう書くと、本ブログを読んでいただいている大多数の皆さんは、「?」となるのではないだろうか、それとも、「そうだよなあ、たしかに大事だよなあ、でも難しいよなあ」と共感していただけるだろうか?
例えば鍼灸等の施術において、喉が痛いといった場合に、喉の痛みのある部位(=喉)に鍼を打って効果があった場合には . . . 本文を読む
昨日の補足。
『精神現象学序論』からいきなり『大論理学』へ、との誤りを反省してヘーゲルは『エンチュクロペディ』の執筆、そのための世界の唯物論的把握に取り組む。(ここは、南郷先生が『学城』等で説いてくださっている。)
結果として、自身の哲学を唯物論的観念論として、常識レベルでは観念論と対極にある唯物論を自身の体系に取り込んでの観念論哲学を創出する。
同じことを、東洋医学を志す我々も為さねばなら . . . 本文を読む
自身の東洋医学の学びのイメージ。
東洋医学をまずは一般的に、概論レベルで学んだ後(にあるいは平行して)西洋医学を事実的のみならず理論的に学び、その後に東洋医学の説くところのものごとは西洋医学では何なのか?あるいは西洋医学の説くところのものごとは東洋医学では何なのか?と考えていくことで、東洋医学の体系を構築(再構築?)していく。
以上を譬え話的にいえば、まず概論レベルの東洋医学の引き出し=枠組み . . . 本文を読む
鹿児島まで往復千数百キロのドライブをした。「レーンキープアシスト」とACCの効果実感した。
ゴルフRの「レーンキープアシスト」、これまではステアリングの手ごたえが不意に大きく変化するので返って危険、そこまでいかなくても、その変化に非常なる違和感を感じるので設定で切っていた。
それが今回、片道八百数十キロを二泊三日で往復することになって、少しでも運転の負担を減らしたい、との思いから「レーンキープ . . . 本文を読む
新聞で、「我々生物は海から生まれました。」として、鹹(塩)の不足が多くの病の原因であるから、適度に鹹を取ることが健康に、治療に役立つ......とする漢方の先生の本が広告されていた。東洋医学で、そんな説明をしてしまっていいのだろうか?と思える。
現在の西洋医学では、塩は悪(例えば高血圧や腎臓病等々多くの病の原因となるとされている)でありその摂取は可能な限り減らすべきであるし、そのことが健康を保つ . . . 本文を読む
入浴とシャワー、両者は同じことなのか、違うことなのか。
このところ暑い日が続き、帰宅時には全身汗びっしょりになってしまうことが多いので、すぐさまシャワーを浴びる。起床時にも汗びっしょりになってしまっていることが多い(自宅ではエアコンを使わない)ので、やはりシャワーを浴びる。夏のこの時期にはシャワーを日に2〜3度は少なくとも、である。
結果として、それなりに身体の汚れも落ち、との感覚あるので休み . . . 本文を読む
『あたらしいせいかつ1・2(上・下)』に目を通した。筋を通して読む学び、ということ、何となく......。
「弁証法が使えるものとして分かるには、自然・社会・精神という世界全体が分からなければならない、それらの事実を筋を通して分かるということが必須である。
そのための第一歩は、中学校の全教科を、特に理科と社会を筋を通して読むことが大切である。」
と、かねてより南郷先生は説いてくださっている。 . . . 本文を読む