お盆休みの終わる頃までに、「鍼灸・東洋医学の学びの総括」を四百字詰原稿用紙五百枚に書いて、その概略をブログ記事にすることで本ブログに、また鍼灸・東洋医学の学びに一区切りつけて、との思いでいたのであるが、未だ百枚を少し超えたところで悪戦苦闘している。
しかしながら、少しづつでも書き続けたことの結果として、「東洋医学が観念論的な理論であるとはいかなることなのか」とか「黄帝内経のもつ意義、その偉大性とはどういうものなのか」とか「五臓六腑図のもつ意義、それは事実としてはウソだけれども論理的には存在意義がある」といったことが、自身の中では明確になっていっている。
それゆえに、本ブログももうしばらく継続していこうかと考えている。
とはいえ、三年余も続いてきた本ブログであるから、そろそろ場所を変えて新たな気持ちで、との思いもある。
態勢が整ったら、改めて案内させていただこうと思ってはいるが、今しばらくは「鍼灸・東洋医学の学びの総括」を書くことに専念したいので、引っ越しをするにしても、そのことに一区切りつけてから、と思っている。
しかしながら、少しづつでも書き続けたことの結果として、「東洋医学が観念論的な理論であるとはいかなることなのか」とか「黄帝内経のもつ意義、その偉大性とはどういうものなのか」とか「五臓六腑図のもつ意義、それは事実としてはウソだけれども論理的には存在意義がある」といったことが、自身の中では明確になっていっている。
それゆえに、本ブログももうしばらく継続していこうかと考えている。
とはいえ、三年余も続いてきた本ブログであるから、そろそろ場所を変えて新たな気持ちで、との思いもある。
態勢が整ったら、改めて案内させていただこうと思ってはいるが、今しばらくは「鍼灸・東洋医学の学びの総括」を書くことに専念したいので、引っ越しをするにしても、そのことに一区切りつけてから、と思っている。