富士山精進口から富士山を登る途次、仲間の了解を得て、三合目付近からスカイラインに出て、500メートルぐらい下ったところにあると山と高原地図に印されている富士聖母像に立ち寄った。
4月末のSTY合宿時、文学散歩の対象ルートにしていたのだが、あいにく「雪崩の危険」のためスカイラインは一合目までしか通してくれなかったから、今回の登山中にはぜひ立ち寄りたいと思っていた。
武田百合子さんの富士日記に、何度か出てきた(ああ、もう忘れている、1度だったかもしれない。)マリア像。百合子さんと一人娘の花さんが、このマリア像を訪ね、花さんが「怖い顔している」と言っていたので、ぜひそんなに怖い顔のマリア様ってどんなもんか見てみたかった。何か、人類の悪行に怒りをこめた表情をしておいでなのだろうか。
富士聖母像の入口の看板はすぐ目に付いた。樹海台の展望台の道路を挟んだ山側に「こっちだよ」と→。「OurLady Of Mt.Fuji」
整備された急坂を登ること3分、純白のマリア様は幼子を抱きかかえられ原生林にひっそりと佇んでおられた。このあたりは、もう溶岩の樹海を抜けた原生林。まるっきり展望もなく、曇ったら薄暗いこの場所に、誰がどういう目的でたてたというのか。(?) 富士山を背にしていることは方向から分かるのだが、富士山も見えないし、樹海台のような展望も開けていないこのような場所に、なぜ?(再び問い)
恐る恐る怖い顔立ちを眺めたが、あまりに背が高く顔が小さいので(西洋人だ)よくよくは拝めなかったが、確かに、ほりが深いためまなじりがいやに光を反射して、何かしらの畏怖を感じるのかもしれないが、よおくみてごらん花ちゃん!お優しい表情を見せているではないか。御子を抱えられ幸福にあふれたまなざしだ。思わず、カトリック幼稚園で習ったお祈り「父と子と精霊の御名によりアーメン」を内心つぶやき、手を組む。
背後には世界中から集められた小石が埋め込まれており、看板には世界平和を祈って建てられたとは記されているが、誰が何のために・・・(みたび疑問)
1964年10月に建てられたというが、あまりに純白清潔なので、これも疑問だったが「サレジアン シスターズ」のホームページ昨年改装されていることが分かり、これは氷解。
http://salesian-sisters.jp/information/5818/
1964年というと富士日記が始まった年。昭和39年、東京オリンピックの年だ。ふもとの別荘に武田親子がやってきて近所で話題にもなっていたので、何度かやってきたのだろうが、当時中学生だった花さんには暗い森の中の純白の聖母は何かしらの不安をあたえたのだろう、高すぎて白すぎて真の面立ちは、よく見えなかっただろうから。
で、マリア様はあの宗教法人の富士山麓での所業や盛衰もじっと見つめてきたというわけか。「カミクイシキムラ」の方角をみつめているようでもある。恐ろしい形相で…。アーメン。