かぜねこ花鳥風月館

出会いの花鳥風月を心の中にとじこめる日記

南天の星へのあこがれ

2020-01-18 11:03:33 | 日記

あらためて、2019年1月15日の石垣島の夜明け前は、しあわせな朝だったんだと思う。南西諸島は、冬になると大陸の高気圧の縁(へり)にあたり、年が明けても、ずうっと曇り空の日が続いていたので、明け方の6時ごろ、(当日の夜明けは、7時29分、天文薄明は6時09分)天の川が水平線に横たわり、真南に南十字星やケンタウルスのα、β星がはっきりと浮かび上がり、東寄りにさそり座が低く立って、赤い目玉のアンタレスが輝き、さらに写真では月かと見紛うばかりの金星と木星がサソリと並んで記念写真に納まってくれたことは、僥倖といっていいだろう。石垣島をあと2か月で離れる者への天からの餞(はなむけ)だったのかもしれない。

 

 

国立天文台「今日のほしぞら」2019年1月15日6:00(石垣島)より

 

 

宮澤賢治の遺言のような「経埋ムベキ山」(キョウウズムベキヤマ)と星座を重ねる作業を行うことによって、賢治は、やはり、天の川を北上川になぞらえ、白鳥座(北十字)あたりから真っ赤に美しい蠍(さそり)の火を経由してサザンクロス(南十字)までの銀河鉄道による創作の旅と、岩手山から平泉の山というイーハトーブ圏内での自らの人生の旅を重ね合わせていたのではないか、という思いがつよくなった。

旅の終着は、南十字の石炭袋(コールサック)かマヂェラン星雲か。いずれにしても南天へのあこがれである。そして、旅の終着から先、最愛の妹トシはどこに行ったのか、カムパネラはどうして消えたのか、そしておのれはどこに行くのか、「そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことがなんといふいゝことだらう……」(薤露青)そんなことを思い続けた、(死を意識しはじめてから)15年の想いだったのかもしれない。

銀河鉄道の夜のイメージと重なる詩といわれる春と修羅第二集に納められた「薤露青」(かいろせい)。薤露(かいろ)とは、ニラの細い葉先の露のような人生の儚さをいうのだそうだが、賢治というヒトは、亡くなる9年前の1924年(大正14年)当時、夕べの北上川河畔に立ち、みおつくし(航路のしるべ)に添って南に流れゆく川の水と、水辺に投影される天の川を南下していく銀河鉄道のイメージを重ねあわせ、「どこにいくかわからないことが、なんといいことか」という精神に達していたんだな。彼は、花巻からみて、北上川がはるか南に流れ行くように、天の川もサザンクロスやマヂェランの方向に南下していくのだと信じたのだろう。「経埋ムベキ山」の南十字は花巻の南、平泉(藤原氏の浄土もそこにある)という考え、「いゝこと」だと思う。

 

 

一六六  薤露青

一九二四、七、一七、


みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
  ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
    プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
    ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
  ……たえず企画したえずかなしみ
    たえず窮乏をつゞけながら
    どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
  ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
    細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出ようとしてゐるので
鳥はしきりにさわいでゐる
  ……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる  (青空文庫からコピーさせていただきました。)

コメント    この記事についてブログを書く
« 経埋ムベキ山と銀河の星たち | トップ | 初春(はつはる)の花 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿