【ジム&ジェイミー・ダッチャー著、岩井木綿子訳、エクスナレッジ発行】
かつてオオカミは北米大陸のほぼ全域に生息していたが、19世紀後半から20世紀前半にかけて駆除が進み姿を消した。だが、1990年代に入って米国のアイダホ州中部とイエローストーン国立公園で再導入が始まった。著者のダッチャー夫妻(写真㊨)は90年から6年間にわたりアイダホ州でオオカミの群れに囲まれてテント生活を送り、その行動や序列などを詳細に観察した。3本の記録映画はエミー賞の最優秀撮影賞などを受賞している。夫妻は2005年、オオカミの保護と人との共生を目的にNPO「リビング・ウィズ・ウルブズ」を立ち上げた。
本書は「ソートゥース群と共に暮らす」「オオカミの世界」「オオカミの来た道」「オオカミと共存する」の4章で構成する。ソートゥース群とはアイダホ州のソートゥース山脈の麓に放たれ、次第に家族が増えたオオカミの一群。最初の2頭には「目が開いた瞬間から哺乳瓶で乳を与え、彼らの信頼を得て絆を築いた」。その信頼感は夫妻がオオカミに頬を寄せたり、手と前足を合わせてハイタッチしたり、カメラをオオカミの鼻先に向けて撮影したりする写真からもうかがわれる。
序文は俳優のロバート・レッドフォードが寄せている。「頂点捕食者をオオカミからライフルを持った人間に置き換えたことの影響が、長い時を経てさまざまなかたちで現れてきている」「牧場主、熱狂的な野生生物保護活動家、狩猟家、科学者それぞれが求めるもの。そして、忌み嫌われてきた社会性のある動物、つまりオオカミが必要とするもの。どのようにしてそれらに折り合いをつけるか、私たちは今、その妥協点を探る努力を迫られている」。レッドフォードは夫妻が立ち上げたNPOの名誉理事も務めている。
6年間の観察を通じて夫妻が痛感したのは「オオカミの社会的な序列」と「群れのメンバー同士の固い絆」という。リーダーはアルファと呼ばれる。アルファは群れの秩序を維持するのが役目。「通常、繁殖するのは雌雄のアルファ・ペアだけ」。序列第2位はベータ。その他の大半は中位に位置し、最下位はオメガと呼ばれる。オメガは服従を示すために、しゃがみ込んで体を小さく見せようとする。食事も最後。その一方でしばしば群れの仲間を誘って遊びに引き入れる。オメガは「群れの緊張を緩和するという重要な役割を担っているからだ」。
オオカミは人と同じように「友情を育み、終生続く絆を結ぶ」という。「彼らは非常に社会性の強い動物で、群れ、つまり家族に対してとても強い献身的愛情を示す。個々のオオカミがそれぞれを大切に思い、友情を育み、病気や怪我を負った群れの仲間を養うのだ」。群れの1頭がピューマに殺された時には6週間、全く遊びが観察されず、遠吠えも悲しみに沈み、襲われた場所をしばしば訪れては地面の匂いを嗅いでいたという。「彼らが群れの仲間を偲び、喪に服しているように見えた」。
オオカミたちは米国で1973年に成立した絶滅危惧種法で30年余にわたって保護されてきた。この間、イエローストーン国立公園ではオオカミの復活によって増え過ぎていたワピチ(シカの一種)やコヨーテの数が減り、若木が食べられていたポプラやヤナギなどが生気を取り戻すなど生態系が徐々に回復してきた。だが2011年、米国議会はオオカミを絶滅危惧種リストから除外した。これを機にアイダホ州やワイオミング州では再び、20世紀初頭以来の激しいオオカミ狩りが展開されているそうだ。
夫妻は6年にわたるオオカミとの触れ合いを通じて「彼らの知性や学習能力、適応能力を考慮に入れれば共存への道が見えてくることが、私たちにはわかってきた」という。「まず必要なのはオオカミが家畜や猟獣、さらには観光や生態系にどんな影響を与えるか、マイナス面もプラス面も含めて偽りなく、徹底的に分析することだ。その次のステップは、オオカミの真の性質を理解し、その性質に反するのではなく、それを生かした努力をすることである。オオカミだけを管理してもだめなのだ。私たち自身のオオカミとの関わり方も管理していかなければならない」。