【日本オオカミ協会会長・丸山直樹編著、白水社発行】
編著者の丸山氏は自然保護文化論、野生動物保護学を専門とする農学博士。シカの研究に20年以上関わってきた丸山氏がポーランドの田園地帯で野生のオオカミ2匹に遭遇したのは四半世紀前の1988年。「それまで植生とシカなどの植食獣止まりだった研究分野に、頂点捕食者オオカミが加わり、ようやく食物連鎖全体が視野に入り、生態系の自然調節機能も何となく理解できるようになった」。5年後の1993年には「日本オオカミ協会」を設立、以来、精力的にオオカミ再導入の必要性を訴えてきた。
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全国各地でシカの増え過ぎによる森林の荒廃や生態系への悪影響などが問題になっている。イノシシやサル、アライグマなどによる農業被害もますます深刻化。こうした獣害問題を解決して生態系を保護するには「狩猟・駆除だけでなく、頂点捕食者であるオオカミの復活がどうしても欠かせない」と繰り返し説く。だが、オオカミは童話や民話に必ず悪役として登場し、日本には「送り狼」「狼に衣」といった言葉もある。著者はこうした怖いオオカミ観を〝赤ずきんちゃん症候群〟と呼ぶ。
オオカミは数十万年前から日本に生息し人と共存してきた。だが100年ほど前に突然姿を消した。絶滅の原因は「野生動物の全国的な乱獲と、当時の行政による強力なオオカミ駆除政策が主因とみられる」。海外では生態系保護のため、いち早くオオカミ復活への取り組みが始まった。米国は1990年代半ばイエローストーン国立公園で世界で初めてオオカミ再導入に踏み切った。ヨーロッパでもEUが保護政策を打ち出し、今では29カ国でオオカミが復活し1万7000~2万5000匹が生息しているという。いない国は英国、オランダ、ベルギーなど数カ国にすぎないそうだ。
本書は様々な疑問に答える形で、オオカミに関する誤解と偏見を解くことに力を注ぐ。人を襲うのでは?「オオカミは人への恐れと警戒心が強く、人との遭遇を避けようとする」「オオカミによる人身事故の発生の確率は限りなくゼロに近い」。ヨーロッパでの過去50年間の人身事故は9件にすぎず、うち5件は狂犬病にかかったオオカミによるもの、残り4件は不用意な餌付けなどによる人馴れが原因という。欧米の多くのオオカミ研究者の間では「健康なオオカミはヒトを襲わない」というのが今や定説という。
最近読んだ『ヒトは食べられて進化した』(化学同人発行)にも「北アメリカではこれまで、人間はオオカミ(狂犬病のオオカミを除く)に一度たりとも襲われていない」とあった。ただ「ヨーロッパのオオカミは中世以前から現代までそれとは正反対の記録を残していた」として、いくつかの事例を挙げている。時代を遡るが、エストニアでは「1804~53年の間に111人がオオカミによって殺され、その中の108人が子ども(平均年齢7歳)だった」という。この数字をどう捉えたらいいのだろうか。
狭い日本にオオカミの居場所はあるのか?「人口の大部分は国土面積のわずか十数%にすぎない平野部の都市域に集中しており、オオカミ生息可能域は各地に広大な面積で存在している」。羊や牛などの家畜が襲われないか?「夏季を中心にしたヒツジの野外飼育は小屋の周りの狭い飼育場に囲われていて、オオカミによる捕食害発生の可能性は考えられない」「成牛はオオカミにとっては体が大きすぎて捕食の対象になりにくい」。オオカミを復活させるとしたら、どこから連れてくるのか?「ユーラシア大陸に広く分布するタイリクオオカミ(ハイイロオオカミの1つの亜種とされる)のうち日本に一番近い地域に生息するものが第一候補」。
生態学者はオオカミを「キーストーン(要石)種」と呼ぶそうだ。「オオカミ復活論は好き嫌いや恐れなどによる感情論ではなく、あくまで論理的な思考にもとづいて議論し、合理的な判断を下すべき問題。一言でいって、最近の獣害の激化を見るならば、オオカミ復活をためらっている状況ではない」「奇人変人と見られようが、オオカミ復活は日本の国土を救うために必要なことなのです」。著者の固い信念と意気込みがひしひしと伝わってくる。復活へのカギは国民の間に蔓延する〝赤ずきんちゃん症候群〟を払拭しながら、同時にどう行政側の理解を得ていくかだろう。