kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

警察、検察は証拠をつくる  「正義の行方」

2024-05-26 | 映画

警察、検察は証拠をつくる。その人を真犯人とするために。いや、逮捕、勾留した人物が本当の犯人かもしれない。しかし、裁判で有罪とするためには証拠を積み重ねて裁判官(所)を納得させればいいだけのことだ。しかし、そもそも証拠が作られたものであったとしたら。

一昨年大きな話題を呼んだテレビドラマ「エルピス〜希望、あるいは災い〜」は明らかに飯塚事件をベースにしたものだった。被害者の遺体が見つかった八頭尾山は、飯塚事件の八丁峠。不正確なDNA鑑定、目撃証言の信憑性など。しかし、飯塚事件では被疑者の久間三千年さんは一貫して否認していたのに死刑に。そして確定後わずか2年で執行された。

映画は、ある意味、極めて公平である。福岡県警の捜査員らの言い分、弁護側の見方、そして事件を報道した西日本新聞の記者たち。捜査員は絶対久間が犯人で間違いないと揺れることなく言い切り、弁護側は先述の証拠を訝り、報道は難航していた事件解決のスクープを打った。しかし、西日本新聞の編集キャップに当時の担当記者が一から洗い直そうと、担当していなかった記者らに命じ、長編の調査報道が掲載され、NHKドキュメンタリー、そして本作に繋がった。

この原稿執筆時点で、袴田事件の再審公判が結審し、9月には無罪判決が予想されている。この間、さまざまな再審無罪案件があるが、死刑囚の再審事案であり、その重要度は言うまでもない。袴田巌さんは、執行の恐怖のもとでの長期勾留で精神に障害をきたしている。しかし飯塚事件は執行されているのだ。もし無辜の民を国家がくびきっていたとしたら、取り返しがつかないどころの話ではないのだ。そして飯塚事件はその可能性が大である。足利事件でDNA鑑定の新方式で再審無罪が出る直前に、古い鑑定方式で有罪となった久間さんの死刑を急いだのではとの疑念が拭えないからだ。確定から2年での死刑執行は異例中の異例である。オウム真理教事件でも7年の期間がある。さらに、再審却下の理由はDNA鑑定の証拠能力を無視しても「総合的に判断して」久間さんが真犯人と推定できるとする。確定判決の依拠するところはDNA鑑定だけであったはずなのにである。

映画を見ていて感じるのは、捜査側の人たちが退職してずいぶん経ち、取材を断ってもいいのに、皆誠実に対応していることに驚いたことと、揺るぎない久間=犯人への強固な確信だ。多分、迷いを一ミリでも入れれば自己を保てないという整合性への自己納得(暗示)なのではないか。一方、スクープを打った西日本新聞の記者は逡巡そのものの体である。あの久間=犯人報道は正しかったのか、警察に沿った報道で良かったのか。だから検証がなされたのだ。

実は、虚実不明であるが、安倍政権下で政権からの圧力、最大限政権に忖度したNHKをはじめとするメディアが圧を感じず、以前と比べると報道の自由さを取り戻したという。それが今般の正義の行方NHK版に繋がったとも。ならば、次は司法の誤りにも真実追求の刃を向けるべきである。袴田事件再審公判と並行して、日弁連をはじめとして刑事再審法改正の機運が高まっているところでもある。

狭山事件では鴨居の上にペンが、袴田事件では味噌タンクから衣類が。郵便不正・厚労省元局長事件ではフロッピーディスクの日付書き換えが。大川原化工機事件では報告書改竄が。

警察、検察は証拠をつくるのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなたは何をしているのか? 何ができるのか?「マリウポリの20日間」「人間の境界」

2024-05-17 | 映画

ガザではすでに死者3万5000人と、まだ瓦礫の下に残されている1万人と報道されている。ガザ報道が中心になり、ウクライナのことは忘れられたのだろうか。スーダンは、ミャンマーは。

「マリウポリの20日間」は、2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻し、ロシアが掌握しようとした最大の激戦地の開戦後のわずかな期間を写すものだ。しかしそのわずかな期間にこの戦争の全てが語られていると感じるほどの濃密な映像だ。破壊される街、次々と受傷者が運び込まれる病院、道路には遺体が横たわる。爆撃された産科病院でカメラは瀕死の妊婦を映し出す。しかしあろうことかロシア側は「アクターだ」と言い放つ。ならば戦場に残ったAP記者らはなんとか映像を域外に持ち出さなくてはならない。電気も通信もほとんど通じない中で、もし記者らが拘束されれば、ロシア軍の前で「動画はフェイクだ」と言わされるからだ。しかし、記者が逃げ出すということは、その後も続く市民の被害、虐殺を伝える術がなく、見殺しにすることになるのだ。

2022年5月に「陥落」したマリウポリはロシア支配下となり、ロシアが破壊した街を「復興」の象徴として宣伝しようとしている。既成事実化だ。そこに住まう人は今どうしているのだろうか。(「マリウポリの20日間」公式サイト https://synca.jp/20daysmariupol/

 

ウクライナからポーランドへ避難民が押し寄せる前の2021年、ポーランドへはベラルーシ経由でシリア、やアフリカ、アフガニスタンなどからの難民が押し寄せていた。ベラルーシ・ルカシェンコ政権が、EUの足並みを乱そうと自国に難民を引き寄せて、国境を接するポーランドに大量に送り込む「人間兵器」を展開していたからだ。しかし、ポーランド側も人道的とは程遠い政策を展開していた。送り込まれた難民をベラルーシ側に送り返すのだ。「ボールのように蹴り合われた」難民は疲弊し、命を落とす者も。国境地帯は氷点下近い藪、沼地帯で「死の森」なのだ。ポーランド政府は「立入禁止地帯」を設定し、難民を助けようと入った人は「密入国を助ける人身売買業者」として拘留、罰せられるようにした。映画はフィクションだが、難民出身の俳優も出演し、難民を助ける人道グループや地域からの綿密なリサーチにより迫真に迫る者となっている。名作(「いいユダヤ人ばかりではないから助ける ソハの地下水道」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/18ec0a26d957afef2caf6bf887b5dfd0)のアグニエシュカ・ホランド監督は、自国の暗部を何の憚りなく描いた。この点でもポーランドではまだ民主主義が根付いているという証だろう。作品は、難民、援助者、近所に住んでいたため援助者となる、一人暮らしの女性、そして人間を虫けらの如く扱う国境警備隊の若き青年それぞれの視点で描かれる。その群像的映像が秀逸だ。

沼で命を落とすシリア難民の少年とその家族、少年を救えなかったと自責するが自身も重傷を負ったアフガン女性は退院するとすぐに警察に連れ去られ安否不明となる。過大なストレスのため精神を病む国境警備隊の青年。それぞれが一所懸命に生を全うしよとする中で、国家、グローバル世界が個を押し潰す。難民危機の後、ウクライナから200万人の難民を受け入れたポーランドは優等生扱いされるが、その1年前にはこのような国だったのだ。そこには同じ白人のウクライナ人とは違う扱いの人種差別が明確にある。(「人間の境界」公式サイト https://transformer.co.jp/m/ningennokyoukai/

 

ナチス・ドイツの蛮行を描く映画を多く見てきた。「シンドラーのリスト」をはじめ、再視に絶えないキツイ作品もあるが、どこか過去のこととして、冷めた姿勢で観ることができた。しかし、実写のドキュメンタリーとフィクションの違いはあるが、この2作品は現在起こっていることだ。あなたは何をしているのか? 何ができるかのか? と問われているようでとても苦しい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

近代美術史の結節点 「キュビスム展 美の革命」を愉しむ

2024-03-29 | 美術

美術作品を分かりやすさのためにとても大雑把に分類すると、具象か抽象か、写実的かそうではないか(表現主義的か)と分けることができるだろう。もちろん作者の意図として、作者にはそう見えたから描いたが、鑑賞するものにはどう見てもその通りには見えないということもあるだろう。

西洋絵画中心の話にはなるが、印象派が生まれたのは19世紀前半に登場した写真技術に対し、画家が対象の再現性という点では写真に敵わないと感じ、新たな表現方法を模索し始めたからというのも理由の一つだろう。後期印象派の代表格とされるセザンヌは客体の解体を推し進め、キュビスムへの道を開いた。有名な言葉「球と円筒、円錐で描く」はその表現主義的精神を余すことなく伝えている。セザンヌに傾倒したピカソがブラックとともに試みたのがキュビスムであり、3次元の対象を如何に2次元で表現するかの格闘の末、多視点にたどり着いた。

「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展 美の革命」は、50年ぶりの大キュビスム展とうつ。これは、1976年に東京と京都で開催された「キュービズム展」以来だからだ。そしてポンピドゥー・センターが来年末から5年間改修休館することから徐々にその準備として、収蔵品を世界中に貸し出していることで実現した大企画である。50点を超える初来日作品等もある。

展示の章立てが粋だ。セザンヌがキュビスムへの嚆矢とわかる「キュビスム以前」、ピカソがアフリカ美術に傾倒していた「プリミティヴィスム」、ブラックがセザンヌへのオマージュとして描いたレスタックの地で始まる「キュビスムの誕生」、ピカソとブラックの邂逅による「ザイルで結ばれた二人」、キュビスムを新様式として評価、ピカソを後押しした画商のカーンヴァイラーが認めたキュビスト「フェルナン・レジェとファン・グリス」。憎いのはキュビスム好き?には、たまらないセレクトであるドローネー(ロベール、ソフィア)やデュシャン兄弟(ピュトー・グループ)、リプシッツの彫刻、あまり知られていない東欧のキュビストや立体未来主義にも触れられていて圧巻の14章だった。

東京展ではブランクーシの彫刻作品もあったようで京都展にはなかったのが残念だ。しかし、ピカソとブラックがはじめてわずか数年で他の展開へとつながっていったキュビスムの役割がいかに大きく、歴史的画期であったかがよく分かる流れとなっていることは否定できない。第1次世界大戦前夜にパリに集ったピカソはじめ異邦人ら、グリスも、ブランクーシも、シャガール、モディリアーニ、アーキペンコ、リプシッツらが切磋琢磨した技と試みはやがて大戦中に生まれたダダ、その後の抽象、シュルレアリスムへ、さらにアンフォルメルまでにつながっていく表現主義の門戸を開いたのだ。

ところで、キュビスムは作者にそう見えたこととそう表したいことの結節点としての表現であり、作品名は「座る女」など具体的であって、抽象画のような「作品」や「無題」はあり得ない。具象そのものだったのだ。しかし、たとえば東京展のチラシに採用されているロベール・ドローネーの《パリ市》(1910-1912)は、割れた鏡に映った像のようで一見「具象」には見えないかもしれない。しかし、中央の裸体像は明らかにギリシア神話の「三美神」である。キュビストも前近代の画題に敬意を表し、かつ逃れられない部分もあったのだ。だからキュビスムは面白い。(「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展 美の革命」7月7日まで 京都市京セラ美術館)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガザこそホロコーストである  岡真理『ガザとは何か』

2024-03-06 | 書籍

ちょうど、大阪府堺市にて毎月主要駅前でイスラエルのガザへの侵攻を抗議するスタンディング・アクションをしている地元の市民グループが岡真理さんをお呼びしての講演会を開催した。岡さんは、いくら時間があっても足りないように熱く語られた。強調されたことは、いくつかあるが昨年(2023)10月7日のハマースによるイスラエル攻撃だけをフィーチャーして語るメディアが信用ならないこと、ホロコーストによってドイツなどから逃れたユダヤ人がイスラエルを建国したという神話の誤りなどだ。そして、反イスラエル=反ユダヤの淵源が、ユダヤ教を排除するという宗教的観念が、ユダヤ人排除という血、人種の問題にされたことにあるという歴史的文脈だ。

講演は、本書に沿う内容だが、ガザでの犠牲者が3万人を超える現在(講演の3月3日時点)、恐ろしい意味でアップデートされている。しかし、古代から流浪の民として言及されたユダヤ民族のお話と、第2次世界大戦後に建国されたイスラエルの歴史とはほとんど関連性がないし、その事実は変わらない。ディアスポラであることと、パレスチナの地からアラブ人を抹殺しようとする国があるという現実は併存するのだ。ドイツのようにホロコーストの加害者の歴史ゆえに現在のイスラエルの蛮行を黙認することは許されないということでもある。

岡さんが本書であげる要点は「1 現在起きていることは、ジェノサイド(大量虐殺)にほかならないということ。2 今日的、中期的、長期的な歴史的文脈を捨象した報道をすることによって、今起きているジェノサイドに加担しているということ、3 イスラエルという国家が入植者による植民地国家であり、パレスチナ人に対するアパルトヘイト国家(特定の人種の至上主義に基づく、人種差別を基礎とする国家)である。4 何十年にもわたる、国際社会の二重基準があり、それを私たちが許してしまっている。」ということ。

少し解説が必要だろう。2は、前述のユダヤ人の歴史に関わることだ。キリスト教がヨーロッパ(ローマ)で「国教」となった以降、ユダヤ教が迫害されてきたのは事実だ。そして第1次世界大戦中、イギリスがシオニズム(ユダヤ人国家建設)を支持し、パレスチナをユダヤ人居住地と認めたこと(1917 バルフォア宣言)、ホロコースト、第2次大戦後の1948年国際連合によるパレスチナ分割決議によりイスラエルが建国されたこと。さらに、イスラエルが建国後早い段階からパレスチナ先住民を滅殺しようとしてきたこととそれに対抗するパレスチ人との戦い(第1次〜第4次中東戦争)と、イスラエルによるヨルダン川西岸への入植と、それらに対する抵抗(第1次インティファーダ(1987)、第2次インティファーダ(2000〜2005)とイスラエルがガザを「天井のない監獄」と化したガザ封鎖(2007)の歴史がある。これが「今日的、中期的、長期的な歴史的文脈」の一部である。そして4はアメリカの他国侵略を筆頭に、例えばアフガニスタンのタリバン政権やイラクのフセイン政権は民衆を抑圧しているからと瓦解にまで追い込んだが、イスラエルがパレスチナ人に対する殲滅政策には一貫して目をつぶってきたことに明らかだろう。

「ガザとは何か」。それはイスラルによるホロコーストである。ホロコーストはナチスドイツの被害者としてのユダヤ人(国家としてのイスラエル)の専売特許ではない。ジェノサイドもホロコースト決して許してはならないはずだ。と、岡さん講演および、著作の感想をまとめてみたが、日本政府による沖縄に対する仕打ちも心理的にはホロコーストやジェノサイドに値する。「蹂躙」では生やさしすぎると思えたのだがどうだろうか。

(『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』2023 大和書房)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

言葉を奪われた女性たちのシスターフッド 『誓願』

2024-02-22 | 書籍

マーガレット・アトウッドによる前作『侍女の物語』があまりに優れていたので(「分断、虐げられた女性のモノローグが秀逸 フェミニズムが推す『侍女の物語』」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/f43509c4a15e12bdd5958b59692cc84c)、

アトウッドの30年後の続編にものめり込んだ。女性を産むか産まないかだけに分け、一切の政治的・社会的権限から排除した独裁国家ギレアデの末路を描くが、その全体像を示しているのではない。分断された女性らのシスターフッドを背景に、脱出を試みる者たちのモノローグやダイアローグが連なる。それも3人の視点、女性社会のトップに立つ「リディア小母」、地位の高い司令官の娘「アグネス・ジェマイマ」、そしてジェマイマの異父妹であるカナダの平民出身の「デイジー」。特に後半の脱出劇はスリリングで読むのを止められない。

訳者の鴻巣友季子さんが解説するように、女性に限らず、人間の地位や尊厳を奪うというのは「言葉を奪う」ことである。ギレアデでは最上級の地位にある女性以外、文字を読み書きしてはならない。言葉を封じるというのは、発言させない、無視するということだ。現実の社会でも見られる実態だ。世界を見渡せば、女性の地位が男性のそれより低い国の方が多い。日本でも伊藤詩織さんやColaboの仁藤夢乃さんへの嫌がらせ、罵倒、攻撃を見れば分かるだろう。そしてギレアデのモデルであるアメリカでは、前大統領トランプによって、最高裁判事の構成が保守派に偏り、自身の信条である中絶禁止を合衆国に広げている。これは、産む、産まない、を女性自身が決めることを禁止するものであり、そういった生殖や生き方そのもののへの女性の発言を封じるものだ。

ギレアデはカルト宗教国家でもある。中絶を禁止しているからカソリック的に見えるが、カソリックは異端だ。中絶を禁止するということは、危険な出産で命を落とす女性も多いということである。そして、国民に死がとても近い。それは公開処刑の多さや、「侍女」に与えられる発散行為=違法をなした男性を文字通り「八つ裂き」にする、を含む。恐ろしく血生臭い行為だが、処刑も含めて彼女らは粛々とこなす。もちろん、それは「正しい」行為だからであり、命や人権といった民主主義における普遍的価値が一切ないからである。しかし、民主主義とはそれぞれ個性を持った一人ひとりへの差別や迫害、あるいはその内面に侵襲するそれらの自己正当化とのたたかいそのものでもある。であるから、アメリカの幾州や日本をはじめ、死刑を存置、執行する国の実態と地続きと言えるものでもある。さらに、鴻巣さんが紹介するように、アトウッドは「自分はこれまでの歴史上や現実社会に存在しなかったものは一つも書いたことがない」というから、未来・SFとジャンルされるディストピア小説とは、実は現実のルポルタージュであるのだ。

作品のエンディングは、ギレアデ崩壊後、その調査・発掘に勤しむ歴史研究者の講演で締められる。ということは、ギレアデの悪夢はとうの昔ということだ。ここに希望がある。2024年秋に行われる米大統領選では、トランプの復活の情勢とも。トランプの煽動のもと議事堂を襲い、ペンス副大統領らを本当に殺そうとした連中はカルト信者そのものだったが、トランプの復活でまた現れるかもしれない。しかし、ディストピアはいつか終わる。そして終わると言い続けなければならない。全ての人が言葉をもってして。(『誓願』2023 ハヤカワepi文庫)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

民主主主義とは永遠の革命  「○月○日、区長になる女。」

2024-02-16 | 映画

日本では国政選挙で50%を超えるくらい、地方選挙は30%を割ることもあるという。これで民意の反映と言えるだろうか。投票率の話だ。東京特別区の杉並区は人口57万、有権者は47万人、地方では大規模な市になるスケールだ。区長選挙では、3期12年つとめた現職に、2ヶ月前に日本に帰国した女性が挑む。その選挙運動と候補者に密着したのが本作だ。

杉並区は緑が多く、古く安価な賃貸住宅も富裕層が好みそうな区域もあるいろいろな人が住みやすいと感じる人気の区だそうだ。しかし、区が進める駅前再開発、道路計画などに異議を唱える住民らが区長選を見据えて団体を立ち上げる。道路ができれば立ち退かざるを得ない地域の住民や、児童館の廃止によって子どもの行き場をなくす保護者らがいるからだ。しかし、肝心の区長候補が決まらない。立ち退き対象の地域に住むペヤンヌマキ監督が市民団体を訪れカメラを回し始める。そして区長選2ヶ月前にやっと決まったのが岸本聡子。ヨーロッパに20年近く在住していた公共政策の専門家である。岸本にはオランダで民営化した水道を公営に戻した著作もある。だが、杉並区と縁があったわけではない。果たして「落下傘候補」が固い地盤の保守系現職に勝てるのか。

岸本が訴えるのは「ミニュシパリズム」。地域主権(者)主義とでも訳すそうだが、馴染みもないし、分かりにくい。それを岸本は自分の名前の漢字、「耳へんに、公共の公、ハムの下に心、と書いて聡子」「みんなの心を聞く」という意味ですと翻訳する。でもみんなの心を聞くとは具体的にどうすればいいのか、どうであればそういう現実に繋がるのか。

地方選挙、特に市町村など小さな自治体の議員の多くは「地域の声を聞きます」と訴え、時に市政などに反映させている人もいるだろう。でも、都市開発、道路拡張、福祉やコミュニティ施設の統廃合は、本当に住民の意思を反映しているのだろうか。そこに住民自身が立ち上がる契機がある。

地方自治は民主主義の学校と言われる。憲法にも「地方自治」の項がきちん設けられている。ともすると住民自治が置き去りにされる中にあって、杉並には古くから住民運動に携わる元気な(主に)女性たちがいた。岸本陣営を支えたのがこれらの人たちで、ノウハウとネットワークを活かして運動を広げていく。そう、東京都でも西部は昔からその素地があったのだ。そして岸本も「みんなの心を聞く」を実践する。街で自転車を押して駆け回る岸本に話しかけてくる女性。岸本を応援するからこそ、時に厳しい注文もつける。でも、どこかのおじさん候補のように笑顔で握手を繰り返すのではなく、岸本は聞くのだ。

岸本も支援者もこの選挙では勝てると思っていなかったらしく、次の4年後を考えていたという。しかし開けてみれば岸本が当選。わずか187票差だった。岸本の選挙戦は、「区政を変えよう」と集まった人たちが本当に手弁当で、個々の役割を担ったからの勝利だった。そして、有権者もそれを見ていた。すぐに金をばら撒くどこぞの人たちとは全く違うのだ。ミニュシパリズムが芽吹いたのだ。

岸本の区長就任の翌春、支えた住民らが区議選に立ち、見事当選。新人15人が全員当選、現職12名が落選した。杉並区議会は、女性比率が50%を超え、議長にも女性が就任。パリテを実践した素晴らしい構成となったが、その成果はこれからだ。

折しも、群馬県前橋市長選では自公推薦の現職に野党系女性新人が圧勝、京都市長選でも共産党系新人が肉薄した。地殻は自ら変動しなければならない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホロコーストの記憶を永く 「メンゲレと私」『沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』

2024-02-08 | 映画

「メンゲレと私」は、「ホロコースト証言シリーズ」の制作を続けるクリスティアン・クレーネ監督とフロリアン・ヴァイゲンザマー監督の3作目である。1作目の「ゲッベルスと私」(「「あなたがポムゼルの立場ならどうしていましたか?」 ゲッベルスと私」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/f0d385cd52dac4df57216f08e3169402)のポムゼルのようにナチスの宣伝相ゲッベルス側近のポムゼルのように、アウシュヴィッツの悪魔の医者ヨーゼフ・メンゲレの一挙手一投足を垣間見たわけではない。ダニエル・ハノッホは当時少年で、労働力にならない老人、女性、子どもは到着後すぐにガス室送りになったのに、その容姿をメンゲレに好まれ生き延びたからだ。アウシュヴィッツを生き延びたからといってすぐに解放されたわけではない。彼は、アウシュヴィッツで遺体を運ぶ仕事に従事させられ、戦争末期にはマウトハウゼン強制収容所やグンスキルヒェン強制収容所も経験している。そこではカニバリズム目撃も。「過酷」と一言では言い表せないほどの体験を生き延びた12、3歳の彼の支えは何であったか。リトアニア出身のハノッホは、ドイツ国内以上のユダヤ人差別を目の当たりにし、アウシュヴィッツでは己を無感情にして過ごした。「アウシュヴィッツは(よき)学校だった」とも。それはいつかユダヤ人の希望の地、パレスチナに辿り着けると思ったからという。そのパレスチナの地を奪ったイスラエルがガザを始め、アラブ人世界に何をなしているか、現在の状況は語るまでもない。

『沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』(岡典子 2023新潮選書)は、表題の通り、ナチス政権が倒れるまでベルリンをはじめドイツ全土で潜伏し、生き延びたユダヤ人およそ5千人を助けたドイツ人との物語である。もちろん入手できる範囲の史資料を渉猟した史実だ。

ある者はユダヤ人の潜伏ネットワークを駆使して、ある者はナチス高官、ゲシュタポの警察官など政権のユダヤ人滅殺を遂行する立場の手助けさえあった。中でも、大きな力となったのがキリスト教関係者である。ユダヤ人だからといってキリスト教と敵対的であるとは限らない。そもそも両宗教は同根だ。もちろん教会の牧師一人が援助できるわけではない。その教会を支える多くの地元ドイツ人たちが役割を担ったから起こし得た救助ネットワークであったのだ。あの時代、ユダヤ人を匿ったりすれば自身も大きく罪に問われる。そのような危険な立場になぜ置けたのか。それは、困っている人を助けたいという純粋に「手を差し伸べる」認識で「できる範囲で」手伝った者が多かったからであろう。そして潜伏していたユダヤ人をはじめ、ドイツ人の中にもこのようなひどい時代はいつか終わる、と信じていたからと思える。

オスカー・シンドラーや杉原千畝のように後世に名の残る、何らかの決定権を持った人たちではない、市民が一人ひとり隣人を支えたのだ。ただ、潜伏を始めたユダヤ人はおよそ1万から1万2000人。半数は生き延びられなかったという。それでも10数年にも及んだナチス政権を生き延びた人がこれほどいたことに驚きを覚える。

アウシュヴィッツを生き延びたハノッホは、自身をささえる糧に希望を語った。シベリア抑留を生き延びた小熊英二さんの父親も「希望」を胸に生き延びたという。「希望」がない、語れない国は滅びる。少子化がどんどん進み、次世代を生まず、育てないのは希望がないからという小熊英二さんの言葉を噛み締める。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スリリングさは現実の証し 「ビヨンド・ユートピア 脱北」

2024-01-29 | 映画

世界には内情が不明な国も多い。例えばアフリカの多くの国で報道も少なく、国としての発信もあまりない。そもそもソマリアなど中央政府が機能していないとされる国もある。中央政府が強固に機能していて日本とも広い国境を接しているのにその内情、特に一般の市民生活の様子が不明なのが朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)だ。

本作は「脱北者」が中国、ベトナム、ラオスを抜けて強制送還しない安全なタイにまで逃れる行程を追うドキュメンタリーだ。作り物か思えるほどとてもスリリングに事態は動いていく。その困難の大きな理由は脱北者が80代の祖母、幼児を含む5人という一家だからだ。タイにたどり着くまで絶対に存在を知られてはならない。そのスタートが、中国との国境の川を渡り、韓国でずっと脱北者の支援をしているキム・ソンウン牧師。キム牧師自身、支援の過程で首の骨を折る大怪我をし、ボルトが入ったままの体で無理をするべきではない。しかも、キム牧師の活動を快く思わない国からは入国も拒否されている。だから、タイを目指すロー一家、中国からタイまで同行する親戚のウ・ヒョクチャン、そしてキム牧師も同行する地域では密入国なのだ。国境を越えるにはさまざまなブローカーの手を借りねばならない。高額な手数料はもちろん、騙されることもある。越える場所は、ジャングルであったり、落ちると助からない川など。ロー一家を追う映像とともに、自身脱北者で、何年も会えていない息子の脱北支援に奔走、その報告に心痛めるリ・ソヨンやかつての脱北者やその支援、北朝鮮の内情を知るジャーナリストらのインタビューが映される。

ソヨンは、収監されたことがあり、地獄のような刑務所生活から生還し、親子で脱北を試みたが息子は果たせなかったのだ。ところが、息子を脱北させようとすすめていたところ、ブローカーの裏切りで息子が強制送還されたというのだ。捕まった脱北者は過酷な強制収容所に収監され、時に命を落とすことも。

新型コロナ・ウィルス感染症予防のため、国境を封鎖した中国へ入るルートは限られる。そして北朝鮮国内は海外への通信回線は遮られ、国境付近もとても安定したものではない。もし見つかれば厳罰対象だ。それでも一縷の望みをかけてブローカーに連絡をとり、送金するソヨン。厳しい現実がさらされる。

時折挟まれる資料映像は、多くは北朝鮮国内の撮影実績のあるアジアプレス(石丸次郎)が提供したものだ。そこには、ガリガリに痩せた国民や処刑のシーンも含まれる。しかし、前述の中国の国境封鎖で近年の撮影はできていないという。ただ、現況が極端に改善しているということはないだろう。ミサイルにお金はかけても、国民の飢餓解消やより自由の保障には無関心と思える国だからだ。

だが、十分な食を欲し、外の世界へ出でようとする試みを抑えることはできない。それが、対外的には差別がない平等な世界の共産主義国家であったとしても。日本でも著名なドキュメンタリー監督で、先ほど関東大震災における一般人による虐殺事件「福田村事件」の劇映画を撮った森達也。森は北朝鮮への渡航の思い出を語りながら言う。「言語や民族や信仰が違っていても人の内面は変わらない。」

そして外の世界を知ることを禁止し、全国民を挙げてたった一人の人間(その時は「神」)に命を捧げる一致団結を誓った前歴は日本にこそあるのだ。かつて日本の領土(植民地)であった彼の国で、その「伝統」が強固に息づき続けているのが皮肉だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現代アートの最前線と現在地 香港 M+

2024-01-21 | 美術

5年半ぶりの海外、初めて香港に行った。2021年、コロナ禍に開館した現代アートの美術館M +(エムプラス)がお目当てだ。ここ数年新たに開館したものも含め行きたい美術館はまだまだあるがあれだけ訪れたヨーロッパは円安、原油高(燃料サーチャージ)でとても行けない。香港ならそれより安価、4時間ほどで行ける。しかし行ってみるとその物価高に驚いた。それも飲食代金がとても高い。日本が低賃金・非正規労働者を背景に安すぎるのかもしれないが。

さて、M +。新営の美術館は常設展を持たないケースも多いが、コレクションが半端ない。現代アートに特化しているため、コレクションもドローイングや立体、インスタレーションのほか、「現在」を想起させるアーキテクチャ、プロダクツ、ファッションといったデザインをキーワードに世界を縦横無尽に横断する。それは、アジア的混沌の象徴でもある香港であるからこそふさわしいプレゼンテーションであるかもしれない。人類の歴史とともに始まったアートが、一部の限られた層のためのアートか、そうではなく全体、全人類のためのアートか、あるいは、アートが奉仕するのかアートに奉仕するのかといった答えのないアートそのものの歴史をまざまざと見せつけられるようだ。そう、デザインという観点で見ると現代の私たちの周囲はアートで埋め尽くされている。都市空間から交通、電気製品、通信、デジタル環境に至るまで考え尽くされているのだ。だがその考えは尽きない。だから、全体の規模の割に映像作品が少ないのは意外であり、また観覧しやすい。というのは、ドクメンタなどの世界規模のアートフェスティバルでは時に長尺の映像作品が多く、とても1日で回れるものではないからだ。

都市や建築、工業製品などは馴染み深く、親しみも感じられる。それは、成長過程にあった日本で生み出されたものも多いからだろう。丹下健三の建築、ダイハツミゼット、ソニーのウオークマンなどどれもモノづくりで日本を誇った証言者であり、遺言者でもある。しかし、デザインはいずれ陳腐化し、機能はどんどん高性能に上書きされる。と同時に、人が好むデザインとは時に普遍的であり、地球の歴史から考えるとほんのミリ単位に過ぎない人類の歴史では変化とはさほどのことでもないのかもしれない。そのような「悠久」から遠い位置に存するように思える「モノ」で人類史、アート史を語ることが許され、面白いのが現代の美術館の存在意義でもあるだろう。だからここではモノに魅せられ、囚われた現代人たる自身を振り返りつつ楽しむことが、このM +の廻り方である。

映像作品が少なく観覧しやすいと述べたが、展示数はとんでもないのでじっくり回ればとても時間は足らない。そして企画展は中国出身のファッションデザイナーのマダム・ソングで、もともとモードには無知の自分はそれほど時間をかけなかったのが幸い?した。マダム・ソングは中国共産党とも良好な関係を築いていたのでこのような展示に至ったが、現在の中国・習政権に批判的とされる艾未未(アイ・ウェイウェイ)は、北京オリンピックの功労者であるのにいくつかの作品が外された事実は、中国という体制下でのアート空間の限界と厳しさも感じられるだろう。

ロッカーが有料なのは不満だが、シニア入場料は半額というのは嬉しい。ぜひまた訪れたい空間である。ただし香港に再び行くことがあればだが。(ちょうど日本人「虹のアーティスト」)靉嘔(Ay-O)のミニ企画もしていた。)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「表現物」で戦争を、原爆を問う 『反戦平和の詩画人 四國五郎』

2023-12-25 | 書籍

戦争を経験した世代がどんどん少なくなっている。ただ、そういった世代の多くが戦争を語ったり、その経験ゆえ反戦運動に関わったりしたわけではない。むしろ少数だろう。亡くなった私の父も中国戦線での軍隊経験があるが、その体験を語ったことはほとんどないし、戦争はいけないと言いながら靖国神社参拝への憧れを口にし続けていた。

四國五郎はその生涯を反戦表現に捧げた人だ。職業画家ではないが、数えきれないほどの作画をなし、文を紡いだ。その姿を最も間近に見てきた子息の四國光さんが父の詩画人としての活動、それにかける思い、背景と一生をまとめ上げたのが本書だ。光さんもプロの伝記作家ではないし、いわばアマチュア画家を素人作家が評伝に著したように見える。しかし、五郎のアマチュア性は、市井に生きる従軍経験のある一人の広島出身者ゆえの責務を体現しているし、光さんは等身大の父を描くことで画業にとどまらない四國五郎の姿を読む者に教えてくれた。アマチュアと言ったが、幼少の頃から画才に秀でた五郎の技量は著者のみならず、多くの認めるところだ。けれど画家への夢は招集、満州へ、そしてソ連軍の侵攻によりシベリアに抑留されたことにより絶たれた。ラーゲリでの生活は3年以上に及び、広島では最も愛したすぐ下の弟直登を原爆で失う。やっとことで帰国した五郎を迎えたのは破壊された故郷と弟の死だった。

戦後、市役所に職を得ながら、反戦活動に従事する。ともに活動したのが峠三吉。原爆詩人の峠と、画と詩を組み合わせた「辻詩(つじし)」=反戦反核のポスターをいく枚も書き上げる。しかし時代はまだ占領下。そして朝鮮戦争でGHQの言論統制も厳しい。それでも辻詩のほか、『反戦詩歌集』の発行など戦争と原爆への告発をやめなかった。ところで「辻詩」とは著者によるとバンクシーのような活動、神出鬼没で違法の抵抗アートのことだ。広島に原爆を落としたGHQ=アメリカが最も統制、弾圧の対象とする運動を繰り広げていたのだ。

やがて、占領下は終わるが、今度は逆コースの時代。日本にまた軍隊が、後の自衛隊が創設され、レッドパージも吹き荒れる。その中にあって、五郎は次々と活動の幅を広げ、市民に戦争の記憶の継承に道筋をつけた。1974年から始まった被曝体験者による「原爆の絵」募集や『絵本 おこりじぞう』(初出は1973年)の挿画などはその代表的な活動であろう。なぜ、五郎はそこまで反戦反核運動に生涯を捧げることができたのか。それは軍国少年としてそういうものだと従軍し、無知であった自己、そして不合理極まりない軍隊経験と仲間が次々に斃れ、次は自分の番と死を覚悟した収容所生活、そして原爆が落とされたその時広島にいなかった悔しさなどが合わさって作り上げられたものだろう。けれど思いだけで運動ができるものではない。若い頃から日記やすぐに絵にする画才、そして収容所ではソ連軍に隠れて記し、描き持ち帰った綴りものなど。飯盒に引っ掻いて描いたものまである。

父の生涯を丹念に追った光さんの筆致は正確で、あたたかい。それは光さんが何よりも父を尊敬しているからに違いない。尊敬できる人であったということだ。実は、身内、それも親を尊敬できるというのは難しい。世襲政治家が「父を尊敬します」というきな臭さとは正反対の尊敬のあり方だ。父としての実際の五郎は穏やかで声を荒げることもなく、いつも絵を描いている姿ばかり思い出されるという。近年、戦時トラウマの存在がクローズアップされる中で、己を律し、終始冷静かつ大胆に活動した四國五郎の凄さが改めて思い知らされる。

尊敬する戦争世代の中で「戦争出前噺」の本多立太郎(1914〜2010)さんがいる。本多さんは中国人を手にかけたこと、シベリア抑留の経験話を行脚なさっていて、一度話してもらったことがある。本多さんもシベリアから帰国後、ベ平連運動などずっと反戦活動に従事された。本多さんに四國五郎が重なって見える。ただ一点違うのは、本多さんが天皇(制)にたいする反駁を語っていたことだ(だから、「ムラの靖国」である箕面忠魂碑違憲訴訟をずっと支援されていた)。本書では、五郎にはあの戦争の一番の首謀者である天皇に対する思いがほとんど出てこない。本多さんもそうであるが、ソ連帰りということで実際以上に目の敵にされていたのではないか。右翼勢力からすれば「アカ」の頭目として。

闘病と執筆と。大変なお体で光さんが書き上げた四國五郎の実像とその執念に改めて敬意を抱く。(『反戦平和の詩画人 四國五郎』2023.5 藤原書店)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「国」とは無縁のアイデンティティを   追悼 徐京植さん

2023-12-20 | 書籍

私が「中世最後の彫刻家」ティルマン・リーメンシュナイダーの名を知ったのは、徐京植(ソ・キョンシク)さんが「日曜美術館」で取り上げていたからだ。徐さんには『私の西洋美術巡礼』(1991 みすず書房)ほか、西洋美術にまつわる著書がいくつもある。その中には、20世紀美術、それもナチスによる迫害の時代強制収容所で命を落としたユダヤ人画家のフェリックス・ヌスバウムや二度の世界大戦の十分経験があり、戦争の悲惨さ、愚かしさを描いたオットー・ディックスも詳しく取り上げている(いずれも『汝の目を信じよ! 統一ドイツの美術紀行』(2010 みすず書房)。さらにご自身が在日コリアンであり、言葉をはじめとする置かれた環境に対する複雑さゆえ、その視座はユダヤ人に象徴的なディアスポラへの洞察へと続く。徐さんが、今年の7月31日東京で関東大震災100年、朝鮮人虐殺を取り上げた集会で講演されると知り、聞きに行った。そこで新著も購入した。

その徐さんが12月18日に亡くなった。ほんの5ヶ月前に講演されていたのに。報道では循環器系の持病とある。あの時も体調を押して話されていたのだろうか。とてもとても残念だ。

徐さんの姿は「美術評論家」だけではもちろんない。韓国に留学していた兄二人が当時の軍事政権にスパイにでっち上げられ、収監され、拷問を受ける。二人の救援活動を続ける中で同時に思索を深めた在日コリアンという立ち位置の複雑さ、不安定さ。徐さんをはじめ、在日コリアンがいるのは日本による植民地支配が原因で、第二次大戦後敗戦国日本は植民地であった朝鮮半島の南には韓国の国籍を認め、北には野晒しにした。ゆえに韓国籍を選択しない人々は無国籍者となった(国としての北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を表すのではない「朝鮮」籍を日本は認めていない)。徐さんも韓国籍がなかったため海外渡航もできなかった。しかし、後に欧州に出国でき、さまざまな国と美術作品と見え、したためた。その中で、自己にとって国籍とは何か、母語(自国語、祖語の概念も含めて)とは何か、そもそもアイデンティティはどこに存するのか?を問い続け、その明確な答えがないからこそ問い続ける意味を書き綴ってきた。その中で、ユダヤ人としてのアイデンティティゆえに殺されたヌスバウムや、アウシュビッツから生還したもののその経験と、イタリアを含め戦後ヨーロッパがその総括を個々のレベルできちんとできていない齟齬に悩み続けて自死に至ったプリーモ・レーヴィの生き様を追い続けた。そう、ヨーロッパの深い桎梏であるユダヤ人とともに、徐さん自身「在日朝鮮人」という国や言葉から規定できない、規定できるはずもないアイデンティティの存在としてのディアスポラを自認していたのだろう。

7月の集会で徐さんが紹介されたのは、韓国人映画監督が制作したルワンダの戦後を描く作品であった。ルワンダは1994年に多数派のフツ族が少数派のツチ族らおよそ100万人を虐殺した内戦の歴史を持つ。ルワンダは今やアフリカの新興国の筆頭で、イギリスは経済援助と引き換え自国の移民を送り込もうとしている件でも知られる。では、「内戦」後人々はどう暮らしているのか? 虐殺の歴史はどう継承されているのか? カメラは淡々とルワンダの人々の日常を追うが、虐殺の歴史が克服されていないこと、歴史のアーカイブ化、記憶の継承自体が困難な現状が垣間見られる。しかし、その現実を映像化することが大切なのだ。営みはすぐには始まらないし、遅々として進まないが、営みそのものを止めることは記憶の暗殺に繋がりかねない。

徐さんが問うたのは、アイデンティティの不安定さゆえに、個々のアイデンティティが問われない、問うことをやめてしまう思考停止。集団主義、全体主義の危険性ではなかったか。徐さんには寄るべき「国」がなかった。兄弟は内戦の果てに生まれた国に生を脅かされた。ディアスポラゆえに国を想い、国を欲すると同時に自分を助けてくれる国もない。ガザを無差別攻撃するユダヤ人の人工国家イスラエルはもちろん徐さんの欲する国の姿ではないだろう。

国とは一体なんなのか。徐さんの著作で考えたことを勝手に思い、書き続けるとキリがない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ぼくは君たちを憎まないことにした」  繰り返される「争い」に終止符をとの希望

2023-12-01 | 映画

私ごとで恐縮だが、甥がお連れ合いを失った。まだ42歳。母親を亡くした子どもは5歳。甥は「まだよく分かっていないのではないか」。体調不全と聞いてはいたが、お正月しか会わない程度なので、詳しくは知らなかった。甥の母(私の姉)によれば、「もともと病気を抱えていたが、コロナに勝てなかった」。父子にかける言葉も見つからない。甥の場合は、日々弱っていく妻を見ていて、半ば覚悟もあったかもしれないが、アントワーヌとまだ2歳に満たない息子メルヴィルの場合はどうか。夕方明るくコンサートに出かけた妻、母のエレーヌを見送ったばかりなのに。テレビや親族、友人からの連絡にコンサート会場で無差別テロルに巻き込まれたと分かった妻と再会できたのは3日後。美しく横たわっていた。

2015年11月13日夜。パリの数カ所をISIL(イスラム国、IS)のジハーディストが襲撃した。最大の犠牲者を出したバタクラン劇場に居合わせたのがエレーヌと友人ブリュノだった。事件後すぐに病院を探し回ったアントワーヌはやっとエレーヌに会えた後、パソコンにメッセージを書き連ねる。「ぼくは君たちを憎まないことにした」。瞬く間に拡散し、ビューは2万5千。もともとジャーナリストにして作家の彼は文才があったのだろう。しかし、怒りや恨みではなく、犯人らに対する穏やかな「憎まない」宣言はなぜこれほど人々の心を打ったのか。

実行犯たるISILの戦闘員が、その行動の背景に西洋社会に対する憎悪を抱いていたことは、正当かどうかは別にして多分間違いないだろう。そして、アントワーヌの理解によれば、戦闘員が望んだのは西洋社会のイスラム世界に対する憎悪を煽ることだった。しかし、彼はその土俵に乗らなかった。「憎悪で怒りに応じることは、君たちと同じ無知に陥ることになるから。君たちはぼくが恐怖を抱き、他人を疑いの目で見、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいる。でも、君たちの負けだ。ぼくは今まで通りの暮らしを続ける。」

実行犯らが「無知」かどうかは理解の分かれるところだと思うが、少なくとも、アントワーヌはフランス社会が恐怖のあまり極端な監視国家、自由や民主主義を放棄することに断固反対する。自由、民主主義国家であり続ける限り、このような事件は再び起こり得るかもしれないのにである。これは、自由のためには憎しみの増幅という方法は取らないとする宣言だ。

王政を武力で倒し、共和政を獲得したフランスは国歌にまで「武器を取れ」とある。18世紀の武器はもちろん軍事力そのものを指すが、現代では言論の意味合いが大きいだろう、理想的には。現にフランスは中東地域で繰り返される戦乱に武力介入、武器輸出を行っている。だからISILがフランスを攻撃対象としたことは故なしではないのだ。

けれど、国家のような組織も「イスラム国」も一人ひとりの集合体である。一人ひとりの意志ではなく、組織の意思が個を圧殺、統制する思考回路そのものをアントワーヌは拒否したのだろう。さすが「一般意志」や「アンガージュマン」を生んだ国と言えるかもしれない。

ちょうど、映画公開と同時期にパレスチナのガザ地区を支配するハマスによる、イスラエル攻撃、そしてその反撃としてのイスラエルによる容赦ないガザ地区への攻撃で数多の死者が出ている。国家としてのイスラエルを認めないハマスには、人工国家イスラエルによる土地簒奪に対する憎しみが、ハマスによるイスラエル急襲に対し、イスラエルはホロコーストにも準え憎しみを増していると解説されている。とにかく「殺すな」しかないのだが、どこかで憎しみの連鎖を断ち切らなくてはならない。が、とても難しい。

アントワーヌは憎まないが「赦す」とは言っていない。国家犯罪、組織犯罪と個人による殺傷とは様相は違うだろうが、憎悪の放棄と赦しが人類社会に普遍的に存在する「争い」の特効ではない特効薬とも思えるのだが、和解の道のりは遠い。けれど希望だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現題はM.R.I (核磁気共鳴画像法)  「ヨーロッパ新世紀」は欧州の脳内画像を描く

2023-10-27 | 映画

藤原帰一は著名な政治学者である上に映画評論家としても名を馳せている。藤原の国際政治に関する論壇時評は正確なことを述べているとは思うが、どこか隔靴掻痒の感じを受けた。それは私の読解不足もあるだろうが、世界を席巻する反民主主義的な動きに対する客観視、双方に対する同等の理解、抑制的な書きぶりにあったと思う。それが、この「ヨーロッパ新世紀」映画評はどうだ(社会と自分に潜む差別と暴力 人ごとではない「ヨーロッパ新世紀」:藤原帰一のいつでもシネマ(ひとシネマ)
https://news.yahoo.co.jp/articles/02f048b95ed205c95c69b3323977952be01b42ca)重ねて評する意味も失うほど正鵠を得ていて言葉もない。

だが、私なりに言葉を継ぐ。主人公は思い入れることのできないキャラクターである。マティアスは出稼ぎ先のドイツの工場で「怠惰なロマめ」と言われ、キレて暴力を振るった挙句、ルーマニアに逃げ帰る。突然帰ってきた夫に妻は冷たい。森で怖い思いをした息子ルディは言葉を発せなくなっているが、男ならこうあるべきとマッチョな対応しかできない。そして認知症が進んでいる父親の介護もままならない。村では、マティアスのかつての恋人シーラが現場責任者を務めるパン工場でスリランカ人を雇うことに。そもそも、マティアスが出稼ぎに行ったように村の人手不足をより貧しい国からの労働者でまかなっていたのだ。

村の人種構成は多様だ。ルーマニア語を話す者が多数だが、オーストリア・ハンガリー帝国下であった時期もあり、ハンガリー語を話す者、そしてドイツ語を話す者。さらに元々漂流民であったロマを祖先に持つ者もいる。様々な言語が飛び交う中でルーマニア語とハンガリー語を話す者の微妙な関係を含め、ロマには差別感情がある。だから、マティアスは「ロマ呼ばわり」されて怒ったのだ。そして、ルーマニア語系は東方正教、ドイツ語系はプロテスタント、元々あるカトリックと宗教的にも複雑に混交している。だが、人の移動が容易ではなかった共産主義の時代、ある意味上からの圧政の強さゆえ、これらの違いは表面化していなかったのだろう。それが、ソ連崩壊、ルーマニアもチャウシェスク独裁政権の崩壊で「自由化」した。人の移動も自由になった。

この作品には、ヨーロッパにおける現在の問題が集約されている。圧政からの人々の繋がる生きる知恵としての「共存」が、自由を得て、互いの違いをヒューチャーし出した。人種、民族、言語、宗教、習慣、生活文化そしてヨーロッパを超えた人間との摩擦。そしてグローバリズムという名の新自由主義。シーラのパン工場でスリランカ人を雇ったのは、現地のルーマニア人からの募集がないから。村では最低賃金で働く人間などいないのだ。しかし、肌の色の違う人間は許容できないと、住民は差別感情を露わにする。「イスラム教徒の作ったパンなど食べられない」。シーラはEUの基準に則った雇用条件で合法に雇っていたが、EUの価値観自体が許せない。「自分だけ儲けているフランスが勝手に決めた」。スリランカ人宿舎に火炎瓶が投げ込まれるにおよび、シーラは彼らを解雇せざるを得なくなる。真面目な働き手であったのに。

作品中最も白熱したシーン。村をあげての住民集会。排外言説が声高に叫ばれ、グローバルスタンダードに近しいシーラらは劣勢で、そのシーラを精神的に擁護するでもなく、手を握ってくれと何の役にも立たないマティアス。そんな中、マティアスの父の自死が伝えられる。絶望は、とうの昔に発生していたのに、マティアスはじめ村人の誰もが気づかないふりをしていたのだ。

声の出なかったルディが叫ぶ。でも、その叫びで村が救われるわけでもない。ただ、一人ひとり叫ぶことが大切なのだ。差別や争いは嫌だと。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界最大人口国の歪みを撃つ女性たち  「燃え上がる女性記者たち」

2023-10-21 | 映画

記者クラブに入れない報道関係者は排除され、政権をヨイショ発言する記者も混じる。首相をはじめ、政府側の会見ではひたすらパソコンに向かい、二の矢、三の矢も継がない迫力のない質問。よく見られる日本のメディア状況だ。それと同列には論じられないことはもちろん分かる。しかし、記者自身がインド社会でカーストの最下層のダリトで女性ばかりの「カバル・ラハリヤ(ニュースの波)」記者たちの奮闘ぶりはどうだ。

冒頭、ダリト女性への度重なるレイプ事件を記者のリーダー格であるミーラが取材するシーン。警察に訴えても相手にしてもらえないと泣き寝入りする被害者と家族。ミーラ自身、妻が働くことに必ずしも理解があるわけではない夫がいる。子どもの世話をはじめ、家事に追われ、暗い狭い路地を通うミーラに危険がないわけではない。違法鉱山で児童労働者として働いて育ったスニータ。違法鉱山はマフィアが牛耳っている。その実態を果敢に取材、地元政治家の腐敗も明らかにしていく。彼女らの取材で活躍する強力なアイテムがスマホである。

英語もできない、今まで周囲になかったデジタル機器は不安という記者らの懸念をよそに「私が教えるから大丈夫」と熱心に教えるミーラ。そして、記者らが取材先で動画を撮り、すぐに編集、動画サイトで配信。瞬く間にフォロアーは100万超えに。関心を寄せる層が全国に広がれば、対応を余儀なくされる地域もある。報道から15日で電気が通った、渋々ながら動く警察当局など。

突撃取材とも思える手法とともに、警察内部での取材や地方の行政幹部の執務室での取材などが許されている現状も驚きだ。そして軽くあしらわれても諦めないしつこい取材も。ダリト、女性と蔑まされてきた者たちが、自己の生存意義と社会改革のために小さな力を集合させて前進するエネルギーが美しい。

しかし、「世界最大の民主主義国」と自称するインドは、今や中国を凌ぐ世界一の人口国となり、英語の語学力を背景にITの世界で急成長を遂げている。先ほど開催されたG20では、グローバルサウスの盟主と振る舞い、G7先進国を出し抜いた声明を発表するほどの「イケイケ」である。そしてその歪み、裏面も大きくドス黒い。

「民主主義国」と言いながら、実態はモディ政権の人民党一党独裁である。14億もの人口を抱え、隣国パキスタンや中国との軍事衝突もある。カーストをはじめ深刻な格差と、化学工場事故に代表されるような公害、ダム工事などに伴う強制移住もあるが、これら差別や環境破壊について、国民を徹底的に弾圧している現実がある。モディ政権の手法は「服従の政治」と言われるが、その実態は何の根回し、国民への説明もなく大々的に打ち上げた政策について有無を言わせず断行し、既成事実を積み上げていく恐怖政治である。映画ではモディが主導するヒンズー至上主義の危うい熱狂も描かれる。

ジャーナリズムが第4の権力としてその存在意義をあらしめるのは、この「服従の政治」を地方の一つひとつの事件、事態を丹念に暴くことにより、頂点たる政権の腐敗を撃つことだ。そしてその根底にはカーストと女性への差別を温存するインドという国そのものが内包する反民主主義の様相を少しずつ崩していこうとするメディアが本来持つべき信念がある。国民への説明もなく大々的に打ち上げて既成事実化していく手法は、自公の安倍政権や大阪での維新政治を彷彿させる。日本にもミーラらが活躍する「カバル・ラハリヤ」が必要だ。

女たちは気づいている……

“専門家”に任せてはおけないことに (『誇りと抵抗』アルンダティ・ロイ)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

分断、虐げられた女性のモノローグが秀逸 フェミニズムが推す『侍女の物語』

2023-10-03 | 書籍

『侍女の物語』は、NHK「100分deフェミニズム」で鴻巣友季子さんが取り上げて、この度たちまち有名になるまで知らなかったのが恥ずかしい。オーウェルの『1984年』を想起せるディストピア小説の王道と言えるだろう。時は環境破壊や原発の影響などで、少子化が極端に進んだ近未来のアメリカ。キリスト教原理主義に基づくギレアデ共和国では、女性は4つの階級に分けられている。支配層の「司令官」との生殖行為だけのための「侍女」オブフレッド(司令官フレッド「の」という所有を表す「オブ」がつく名前)の語りで描かれる。「侍女」になるのは過去に中絶や不倫など「許されない」行為をなした女性たちだ。だが、「司令官」に派遣されても3回以内に妊娠しなければ「アンウーマン(不完全女)」となり、コロニーに送られる。コロニーでは長く生きられない。

なぜ、これがフェミニズムが推す作品であるのか。原作が発表された1980年代半ばはフェミニズムに対するバックラッシュが吹き荒れていた時代。そしてギレアデ共和国は、前政権を議会襲撃による大統領暗殺により権力を奪取した。恐ろしいほどのデジャブである。女性から権利を奪い、分断・支配するのは権力にとってコントロールしやすいから。オブフレッドが表す階級の上方である小母や妻、司令官をはじめとする周囲の男たち(不妊の原因がフレッドにあると見抜いた妻は、オブフレッドに運転手のルークと性交するよう強要する)、そして侍女仲間たち。その記述は正確で微細で人物像がよく立ち現れている。そうオブフレッドは賢明なのだ。しかし権利も財産もない。産む女か産まない女かだけだ。女性の意思、能力、状況を無視して分断する政治は、中絶が許される州とそうでない州に分けられたアメリカで現実化している。

鴻巣さんは、4つの階級のうち最下層の侍女を現在の日本では、新自由主義の進展、資本の論理であちらこちらに飛ばされる非正規雇用になぞらえる。そしてアンウーマンはコロナ禍で激増した女性の自殺や、暴発して殺傷事件を起こす人たちだろうか。

安倍晋三政権が集団的自衛権行使のために憲法解釈を捻じ曲げた際、憲法学者らを中心に政権の恣意的な言い換えを指摘していた。その際、『1984年』のニュースピークが引用された。ロシアによるウクライナ侵攻でプーチン政権は戦争と言わず、「特別軍事作戦」と言っている。『1984年』では戦争を「希望」と言い換えていた。

それにしても、虐げられた女性の、それも性的に搾取されている状態が日常 のモノローグによる描写はなんと説得力があり、冷静で、であるからこそ現実の恐怖を想起させることか。『侍女の物語』は21世紀の現在を描いているのだ。時代背景は過去、それも日本が大陸に侵略していた時代と違うが、気鋭の若手作家青波杏の『楊花(ヤンファ)の歌』も、モノローグの快作として推薦する。

(『侍女の物語』マーガレット・アトウッド作 斎藤英治訳 ハヤカワepi文庫、『楊花(ヤンファ)の歌』は2023年 集英社)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする