ムンクは日本でもよく開催されるので何回か行ったことがある。なかでも、数年前の京都国立近代美術館の「ムンク版画展」はとてもよかったので、マドンナのポスターを買ってしまい今も部屋に飾ってあるほどだ。ムンクは5歳のときに母親を亡くし、14歳のときには長姉が結核で、成人してからも自身も病身に悩まされ、弟も死去と「病」と「死」が常に隣り合わせの人生で、それゆえに暗く深い死のイメージがつきまとう画風として知られる。若くから画才を発揮したムンクはパリに留学を果たすが、病身ゆえに留学期間が延長されたりもしている。パリ以外にもベルリンで製作活動を続けたムンクはさまざまな芸術家、文学者らと交友を重ね視野を拡げてゆくがその間の作風は「死と乙女」や「ヴァンパイヤ」のような前述の死、病と分ちがたいテーマが多いように思える。
しかし、ムンクの画題を死と病だけに帰するのは単純すぎる。もちろん自身精神の病に苦しみ、恋人との別離の際の銃暴発事件で指を失うなど穏やかならざる時期もあったが、ノルウェーを代表する画家となり、晩生は療養と製作という比較的穏やかな生活を送っており、それが後期の力強い版画作品などに見て取れるのである。
ムンクと言えば「叫び」が有名だが、ムンクは「叫び」を油彩でも版画でもいくつも製作しており、また「叫び」以上に幾度も描いた題材もある。「叫び」や先にあげた「マドンナ」、男女のイメージは不安と不可分であるが、その不安を克服、あるいは直視せんがために幾度も選んで描いたように思える。そして、死や病への偏執狂的(でなくとも当然ある)不安をくぐり抜けたゆえの晩年の開放感あふれる人物像へと連なってゆくのである。「叫び」のイメージしか持っていなかった人にはぜひムンクの版画をはじめとした晩年の作品群に触れてほしいと思う。
ムンク博物館はそれほどの規模ではない。修復中の部屋もあり、じっくりムンクに触れるには格好の場所。国立美術館はムンク室もあり、近代以降の作品群でそれ以前のものは少ない。国立美術館はホテルの前だったのでとても便利だったが、もともとオスロの街はそれほど大きくない。ぶらぶらするには交通費や食事など物価がとても高いが難点だ。
しかし、ムンクの画題を死と病だけに帰するのは単純すぎる。もちろん自身精神の病に苦しみ、恋人との別離の際の銃暴発事件で指を失うなど穏やかならざる時期もあったが、ノルウェーを代表する画家となり、晩生は療養と製作という比較的穏やかな生活を送っており、それが後期の力強い版画作品などに見て取れるのである。
ムンクと言えば「叫び」が有名だが、ムンクは「叫び」を油彩でも版画でもいくつも製作しており、また「叫び」以上に幾度も描いた題材もある。「叫び」や先にあげた「マドンナ」、男女のイメージは不安と不可分であるが、その不安を克服、あるいは直視せんがために幾度も選んで描いたように思える。そして、死や病への偏執狂的(でなくとも当然ある)不安をくぐり抜けたゆえの晩年の開放感あふれる人物像へと連なってゆくのである。「叫び」のイメージしか持っていなかった人にはぜひムンクの版画をはじめとした晩年の作品群に触れてほしいと思う。
ムンク博物館はそれほどの規模ではない。修復中の部屋もあり、じっくりムンクに触れるには格好の場所。国立美術館はムンク室もあり、近代以降の作品群でそれ以前のものは少ない。国立美術館はホテルの前だったのでとても便利だったが、もともとオスロの街はそれほど大きくない。ぶらぶらするには交通費や食事など物価がとても高いが難点だ。