チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 273

2019年12月27日 11時30分01秒 | 日記

着物から多くのものを学んでいるが、一言で言えば何?なのだろうと目が覚めた時頭をよぎった。そしてホットココアを飲んでいる時「そうだ命なのだ」と思った

蚕は命の全てを人間に差し出している

その命をもらった人間は一ミリも布を捨てない仕立てを考え、さらに着古してもなお布を使い切る知恵を育んだーもらった命を最後まで使い切ることが、命を差し出した生命体に対する恩返しなのだと信じた

その姿勢を貫いているのが日本の文化なのだ

今、命や神の存在、そして命の大切さを語るセミナーが大繁盛をしているという

そいう噂が耳に入ると体験しに一度入ってみる、そして人が何を欲しているのかを知る

先日もオーラソーマのテイチャー仲間であった方のセミナーを受けた

 

彼女も日本の色に対しての造詣が深くなっていて、やはり色を通して日本を再認識なさったのだと感動した

 

外国の知識が日本の知恵の前では幼稚に映ってしまうのだ。それは「命」に対する捉え方の違いだと思う

 

日本では人に限らず、動物小動物、さらに植物、天地の全てを生きとし生けるものとして同等の命と見る、これからのAI 時代においても、この感性は人間として生きる上での基本のように感じる。もしこの感性を捨てるようなことがあれば、人類は滅びる。そういう意味で日本人は世界にとっても重要な立場にいることを認識しなければいけない

 

着物は命の尊さを着る人、仕立てる人、洗う人、染める人、織る人、糸を作る人、養蚕や素材作りをする人、それぞれに受け取らせている。着物だけではない「食」に関しても命の尊さの問題はついて回る。日本の生活の全てが「命」を愛するところからスタートをしているのだ

日本人のこの感性が芽を吹き始めているように感じる。それは「何かが欠けている」という思いを肌で感じ、着物を着てみようか、お茶をやってみようかと、日本の文化に振り向く人が出始めた

 

左脳豊かな男たちはそういう人をマーケチングの対象として論理的に導こうとするが、そうではない、今は「情緒」が大事一人一人とじっくり語り合うことが多くの人に伝わっていく。

命の繋がりはそう言うものだと思う

 

 

 

 

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