まず親、そして学校の先生、教授、更に会社の社長、各市町村の長、各県の総主長 政治家たちの長、総理大臣、日本の場合は天皇陛下、そしていろんな場で上に立つ人々
以上のような立場の人は「見守る人」として責任と義務を与えられた人たち、だれから?神様だ!と思っている
でもそれを自覚している人は少ない。私達の目にわかるのは「天皇陛下」
我が天皇陛下は祭祀の王、日本の国だけにとどまらず、世界の平和と安泰おも見守っていらっしゃる
見守るということは「祈ること」神から与えられた任務を遂行、神は喜ばしい
さて親に戻る
昨日どこの町にもある「カフェ」で友と待ち合わせをしていた、其処へ親子ずれがやってきて席に着いた。お父さんもお母さんも黙ってスマフォとにらめっこ、3歳位の子供は、だんだん飽きてきて椅子から降りてあっち行ったりこっちいったりとうろうろ、友人が見かねて両親に
「危ないからちゃんと見守ってあげてちょうだい!」
とその子を抱っこして両親のもとに連れて行ったのだが
「ああー-」
で終わり、今度はチャ子ちゃん先生
「お茶のみにいらしたんでしょう?休憩したいんでしょう?それだったらお子さんも一緒に三人でその時間を大事にして、可愛いお子さんではないの、おいくつ?」
子供が指を三本立てる
「そう三つなの?偉いわねえ三つと言えるのね!」
「ああーすいません」父親
幼子はニコニコと父親の膝に上がっていった
3人のおばさんがじっと見ているので、さすがに二親はスマホを仕舞い、子供と話し出した
店を出るとき、子供が私達に小さな手をひらひらさせてバイバイという
その地位にいる人は「見守る」責任と義務があること、権威とか権限ではなく、見守って相手の成長を助けていく、親から始まり上は天皇陛下まで、そのお役に選ばれた人が自覚を持てば、世の中は一気に平和になる
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