今月3月17日、オランダのハーグに設置されているICC(国際刑事裁判所)は、ロシアのプーチン大統領に対して逮捕状を発行しました。同ニュースは、瞬く間に全世界に向けて配信されたのですが、合理的に考えてみますと、どこか、おかしな点があるのです。
プーチン大統領に対する逮捕状発行のニュースを初めて耳にしたとき、同大統領に対する罪状は、ブチャで起きたとされる住民虐殺事件や戦場でのロシア軍によるウクライナ兵に対する残虐行為等がすぐに頭に浮かびました。これらの戦争法違反の行為は、再三、マスメディアが報じてきましたし、ウクライナ紛争にあって衝撃的なインパクトを与えた事件でもあったからです。ところが、報道の内容を詳しく読みますと、どうも、この最初の直感は外れていたようなのです。何故ならば、ICCが最大の関心を払っているのは、‘子供連れ去り行為’であったからです。
2021年6月からICCで主任検察官を努め、予備裁判部(予審2部)に逮捕状を請求したカリム・カーン氏(イギリス出身)の説明に依れば、数百人のウクライナ人の子供達がロシア兵によって児童養護施設から連れ去られ、ロシアで養子にされているそうです。もっとも、ウクライナ政府は、連れ去れた子供達の数は、身元が分かっているだけでも1万6千人にも上ると主張しており、両者数には大きな隔たりがあります。現状では、どちらの数が正しいのかは判断できないのですが、両者の説明には、幾つかの食い違いがあります。
第一に、カーン主任検察官は、「何百人もの子どもたちがウクライナの児童養護施設から連れ去られ、その多くがロシアで養子にされていることを確認した」と述べています。この発言が事実であれば、連れ去られた子供達は、一般家庭ではなく、児童養護施設において養育されていた子供達と言うことになります。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ICCによる逮捕状発行について、「子どもを家族から引き離す行為は、ロシアという侵略者の国策だ」と述べて、プーチン大統領を批判しています。同大統領の発言からは、親などの親族から強制的に引き離したような印象を受けますが、実際には、ロシア軍の占領下にある地域における児童養護施設の子供達と言うことになりましょう。
第二に、連れ去られた子供達が、児童養護施設に収容されていた身寄りのない子供達であったとすれば、必ずしもロシア側を非難できなくなります。ウクライナ紛争にあって多くの子供達が親や家族を失い、児童養護施設で保護されていたとしますと、プーチン大統領は、子供達を保護するための措置であったと主張するかもしれません。カーン主任検察官は、プーチン大統領が発令したロシア国籍の付与を前倒しにする法案を問題視していますが、同法案に基づく養子の斡旋については、ロシア側から孤児に対する人道的措置として反論される可能性がありましょう。ウクライナにはアゾフ連隊によるロシア系住民に対する弾圧疑惑もあり、かつ、戦時下にあって子供達を大量虐殺したという事件ではありませんので、人道的な理由も成り立つ余地があるのです。
第3に、ICCは、プーチン大統領と共に、児童権利保護の大統領全権代表マリア・リボワベロワ氏にも逮捕状を発行していますが、同氏の任務は、東部ドンバス地域における‘ロシア系の子供の保護’であったそうです。この説明において重要な点は、ロシアに連れ去られた子供達は、ロシア系であったのか、ウクライナ系であったのか、という民族性やアイデンティティー問題です。ウクライナ系の子供達であったならば、民族的消滅を意図する行為としてジェノサイドに該当するかもしれません(英ボーンマス大のメラニー・クリンクナー教授が指摘・・・)。その一方で、同族であるロシア系住民の子供達である場合には、ジェノサイドに当たるかどうかは微妙となりましょう。
そして第4に、ICCとウクライナの両者が示した数の著しい相違に戻りますと、ここにも、重要な問題が隠れているように思えます。仮に、ゼレンスキー大統領が述べているように、ロシアで養子にされた数百人を除く凡そ1万5千人前後の子供達が‘消えている’としますと、この夥しい数の子供たちは、一体、どこにいってしまったのでしょうか(上述したように身元も分かっている・・・)。
古今東西を問わず、戦争による混乱は、強制連行や人身売買等の犯罪の温床ともなってきました。女性や子供達は戦利品と見なす時代や地域もあり、現代においても、こうした野蛮な意識は完全には消えていないのでしょう。実際に、カーン主任検察官も、「子どもたちを戦利品にしてはならない」と述べています。そして、戦争によって孤児や家族と生き別れとなった子供たちを拉致、誘拐、連れ去る行為は、政府や軍隊のみに限ったことではありませんでした。人身売買をビジネスとする悪しき人々や組織も存在してきたのです。ウクライナ側が主張するように、1万5千人程の子供たちが行方不明となっているとしますと、むしろ、世界権力の関与をも含め、非国家主体による国境を越えた組織的な人身売買を疑うべきかもしれません。
ICCによる逮捕状の発行は、それが矛盾点や説明の付かない疑問点を含む故に、ウクライナにおける戦争犯罪問題が一筋縄ではゆかない現状を表しています。事実は何処にあるのか、行間をよく読みつつ、あらゆる可能性を考慮した上での多方面からの事実解明が必要なように思えるのです。