万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イスラエル・ハマス戦争が中東戦争の再燃とならない理由

2023年10月12日 12時29分38秒 | 国際政治
 ガザ地区を実効支配するハマスによるイスラエル奇襲は、イスラエルがハマスに対して宣戦布告する事態に至っています。宗教を軸として見ますと、ユダヤ教国家であるイスラエルとイスラム教国家であるハマスとの対立となるため、第5次中東戦争、あるいは、中東戦争の再燃を予測する向きもあります(1982年におけるイスラエルによるレバノン侵攻を‘第5次中東戦争’と呼ぶこともある・・・)。しかしながら、仮に中東全域に戦火を広がるとすれば、それは、中東紛争とは異なる構図が想定されているように思えます。

 中東戦争の始まりは、イスラム教徒にしてアラブ系住民の住う地であったパレスチナに、国連並びに欧米諸国の後押しをもって、ディアスポラ以来‘流浪の民’となっていたユダヤ人の国家、即ち、イスラエルが建国されたことにあります(同地を委任統治していたイギリスの二枚舌外交、否、三枚舌外交の結果でもある・・・)。『旧約聖書』における記述、及び、古代ユダヤ諸王国の存在を歴史的根拠としつつも、現代においては国際法における確固とした法的根拠もあるわけではありませんので、アラブ・イスラム系諸国の強い反発と抵抗を招くこととなったのです。このため、四度に亘る中東戦争の対立構図も、イスラエル一国に対して他のアラブ諸国がパレスチナのために結集する形をとりました。因みに、第一次中東戦においてパレスチナに進軍したのは、エジプト、サウジアラビア、イラク、トランスヨルダン、シリア、レバノンの諸国です。

 ところが、1978年9月のキャンプ/デービッドの合意を機に、翌1979年3月26日にはエジプト・イスラエル平和条約が締結され、ヨルダンとも1994年10月26日にヨルダン・イスラエル平和条約が結ばれるなど、今日の中東情勢は、中東戦争当時とは大きく変化してきています。この間、1991年には、イスラエルとPLOとの間で暫定自治協定が成立し、イスラエルもパレスチナの独立を事実上承認しました。これらの条約並びに協定により同地域におけるイスラエルの法的地位は強化され(相互的な国家承認・・・)、テロ攻撃に曝されつつも、国家間関係に限って見れば、イスラエルを取り巻く状況は好転しているのです。なお、今般のハマスによる奇襲攻撃については、合意間近とされたイスラエルとサウジアラビアとの間で国交正常化交渉を牽制するためとする説明もあります。

 加えて、イスラエルを背後から支えてきたアメリカとアラブ諸国の関係についても、関係改善が進んでいる様子が窺えます。80年代のレーガン政権以降、エジプト、ヨルダン、バーレーン、クウェート、チュニジア、モロッコの諸国がMNNAの地位を得ており、2015年のオバマ政権時代には、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、並びに、オマーンもMENA候補国として挙げられました。中東和平の進展は、アメリカとアラブ諸国との関係改善と歩調を合わせているのです。

 こうした現状にあって、今般のイスラエル・ハマス戦争が、イスラエル対アラブ諸国という中東戦争の対立構図が再現される切っ掛けとなるとは思えません。イスラエルが宣戦布告した相手はパレスチナ自治政府ではなくハマスでもありますので、アラブ諸国は、パレスチナに対するイスラエルの過剰な報復を批判こそすれ、中東戦争の再来には二の足を踏むこととなりましょう(なお、イスラエルがガザ地区に対して‘殲滅作戦’を実施すれば、自由主義諸国もイスラエルに対する支持を撤回し、アメリカ・イスラエル陣営も崩壊に・・・)。となりますと、仮に中東地域一帯に戦場を拡大させようとしますと、イランの存在が鍵となるはずです。

 この点、ハマスによるイスラエル奇襲作戦が報じられた直後から、イランの関与が流布された理由も自ずと理解されてきます。ロシアとも近しいイランを関与させないことには、中東地域を第三次世界大戦に巻き込むことができないからです。イランは、イスラム教国という点ではアラブ諸国と共通しながら、宗派においてはシーア派の盟主国を自認しており、民族的にはアーリア系とされます。両者の違いに注目しますと、イランが登場すれば、中東の地においてシーア派対スンニ派、並びに、アーリア系対アラブ系の対立構図を造り出すことができるのです(シリアのアサド政権は、親シーア派かつ親イラン・・・)。同国がハマスの後ろ盾であるならば、中東戦争とは別の対立軸での戦争への導火線は、既に敷かれていたのかもしれません。

 もっとも、このシナリオにも綻びが生じる気配があります。目下、イランは関与疑惑を否定し、イランサポート説の火消しにまわっていますし、イランがハマスを支援する構図は、余りにも不自然であるからです。何故ならば、ハマスはスンニ派の組織であって、これまでシーア派のイランとは敵対関係にあったからです。この機に至り、ハマスがイランとの‘軍事同盟’を宣言しても、パレスチナ人をはじめアラブ諸国も当惑することでしょう。敵の敵は味方の論理なのでしょうが、最悪の場合には、ハマスは‘アラブの裏切り者’にもなりかねないのですから、第三次世界大戦のシナリオは、やはり頓挫を余儀なくされるのではないかと思うのです。

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