イスラエルは、パレスチナのガザ地区において実効支配を敷いてきたハマスに対し、奇襲攻撃への報復を理由として戦争を宣言しています。ところがこの戦争、冷静になって考えてみますと、論理一貫性に欠ける側面があります。このちぐはぐな側面を上手に利用すれば、イスラエル・ハマス戦争を平和裏に終息させる糸口が見えてくるかもしれません。
一貫性に欠ける側面とは、ハマスの国際法上の不安定な地位に起因します。今日の国際社会にあって、‘ハマス’をガザ地区を領域とし、住民を国民とする独立主権国家として承認する国はありません。ハマスは、パレスチナの国内法では合法的な政党の一つではあっても、国際法にあっては独立国家としての国際法主体性を有していないのです(‘ハマス’という国家は存在しない・・・)。ハマスとは、統治権力を掌握した‘武装政党’といっても過言ではありません。それにも拘わらず、イスラエルがハマスに対して‘戦争’という表現を用いたのは(英語表記ではIsrael–Hamas war)、(1)同地域を武力で実効支配し、事実上のハマス一党独裁体制とも言える政府を樹立していること、並びに、(2)イスラエルに対してテロ攻撃を加えていること・・・の凡そ2点にありましょう。このことは、今般のイスラエルの戦争は、従来からの交戦状態に基づく交戦団体承認に加え、宣戦布告という黙示的な方法によるハマス政権の政府承認に基くに過ぎないことを意味します。言い換えますと、今般の戦争は、国家対国家の二国間戦争ではなく、国家対武装政党であって、この点が、戦争形態としては極めて例外的なのです(国家対武装政党の対立構図は、通常は、内戦として現れる・・・)。
もっとも、テロとの闘いについては、2001年の9.11事件を切っ掛けとして対テロ戦争という言葉が一般的に使われるようになりました。しかしながら、同事件を契機として始まった対テロ戦争は、‘アメリカ・アルカイーダ戦争’と表現されることはなく、対テロ戦争の象徴的事件であったアフガニスタン戦争も、アフガニスタンがアルカイーダの幹部を匿ったという理由に基づく国家対国家の形態をとりました。対テロ戦争は、公式の英語表記ではGlobal War on Terrorism(対テログローバル戦争) であり、国境や国家の概念が消えているのです。対立構図も、一方がアメリカやNATO諸国と言った国家の連合体であり、もう一方のテロ側の交戦団体も、アルカイーダ、イラクのバース党、タリバン、イスラミック・ステートなどの全世界に散らばっているテログループや武装政党等の集合体なのです。
武装政党とは、あくまでも国民の一部が結成した私的団体であるとしますと、非党員の国民は、法的には無関係となります。この点に照らしますと、イスラエルによる対ハマス戦争は、あくまでも武装政党であるハマスに限定されなければならないのです。言い換えますと、イスラエルによるガザ地区の一般パレスチナ国民に対する攻撃は、法的根拠も正当防衛論も通用しない、隣国による無差別の殺戮となりましょう。
このように考えますと、イスラエル・ハマス戦争を平和裏に終息させようとするならば、武力を用いずにハマスを解散させてしまうのも一案です。しかも、過去の経緯からしますと、ハマスには、敢えてイスラエルを利している節があり、‘偽旗作戦’の疑いが濃厚です(イスラエルの背後には世界権力も控えている・・・)。ガザ地区を含むパレスチナにとりましては、むしろ、獅子身中の虫である可能性も否定はできないのです(それとも、‘真に恐れるべきは有能な敵ではなく 無能な味方である’?)。
それでは、どのようにすれば、ハマスのみを上手に瓦解させることができるのでしょうか。イスラエルは、地上侵攻による‘ハマス殲滅’を公言していますが、これは、ガザ地区占領作戦を実行に移す口実であるかもしれません。双方の戦争犠牲者の増加、並びに、戦争拡大を未然に防ぎ、平和裏に戦争を終結させることこそ最重要課題ですので、ハマスを瓦解させる方法も、武力ではなく知力を用いるべきと言えましょう。ハマスが基本的にはパレスチナの国内問題である以上、ここで鍵を握るのは、ヨルダン川西岸地区にあってファタハが政権を維持しているパレスチナ国の政府であり、ガザ地区住民の住民となるかもしれません。これらがハマスの存在を否定した場合、先ずもって、イスラエルは、少なくとも戦争としてガザ地区全域並びにその住民を攻撃する根拠を失うこととなるからです(つづく)。