イスラエル並びにハマス双方による残虐行為の応酬を前にして、ユダヤ系の人々が絶大なる影響力を保持しているアメリカやヨーロッパ諸国、特に政府並びに主要メディアの論調は、イスラエル支持が圧倒しているようです。ユダヤ人であればイスラエルを支持するのは当然のこととしても、ユダヤ人にして『サピエンス全史』の著者ある歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏でさえ、イギリスの『ガーディアン』紙からのインタヴューに応じて「ハマスへの非難をしないばかりか、すべての責任をイスラエルに押し付けるような反応を聞いて、ショックを受けた・・・」と述べています。‘超天才’とも評された同氏をもってしても、ユダヤ人としての自らのアイデンティティーから離れられず、超越した視点から全体を客観的に捕らえることはできないようなのです。
その一方で、パレスチナをサポートしてきたアラブ諸国において反イスラエル感情の昂ぶりが見られつつも、ハラリ氏が‘嘆いた’ように、今般の戦争に関しては、日本国内をはじめとして、双方から距離を置いた客観的な立場からの見解も少なくありません。ハマスによるテロ攻撃が非人道的な行為であることは確かなのですが、その原因まで遡りますと、必ずしもイスラエルが被害者であるとは言えないからです。イスラエルは、パレスチナ人から一方的に土地を奪う形で建国されたのですから。
こうしたケースは、‘目的が正しく、手段が間違っている場合には、どのように考えるべきか’という問題設定となります。安部元首相暗殺事件や岸田首相狙撃事件等に際し、テロリストに対して同情論が湧き出たのも、論理の飛躍はあったとしても、宗教被害や世直しを訴える容疑者の動機に同感した人が少なくなかったからです。刑罰の制度が端的に示すように、悪事を働いた人に対する制裁や被害の回復は正当な行為とされています。また、迫害に対する抵抗や悪政に対する反乱や一揆が肯定的に評価されるのも、目的が‘正しい’からに他なりません。
目的が正しい場合には、悪に対する制裁や正義の回復のための行動も正しいこととなり、問題は、手段の選択に移ります。上述した抵抗、反乱、一揆などが頻繁に起きた時代とは、平和的に解決する手段に乏しく、力を手段として実力で訴えるしかなかった時代でもありました。この点に注目しますと、国民の政治に対する不平や不満、あるいは、公共の利益を政治の場に届けることができる民主的な制度は、人類の偉大なる発明の一つであるとも言えましょう。しかしながら、国際社会において平和的な解決手段が十分に整えられているのか、と申しますと、今日における戦争や紛争の頻発が、この問いに対して否定的な回答を示しています。
パレスチナ紛争も然りです。たとえ金融・経済面において絶大なるパワーを有し、かつ、‘ホロコースト’の被害者であったとしても、ユダヤ人の要求を実現することが、他の集団や個人の権利を一方的に侵害する場合、果たして第二次世界大戦後の解決方法が適切であったのかさえ、疑わしくなります。少なくとも、パレスチナの地に住んでいた人々は、同決定に際して全く無視されたに等しく、合意を与えたわけでもありませんでした。一体、パレスチナの人々がユダヤ人に何をしたというのでしょうか。これらの人々は、パレスチナの地で平穏に暮らしていた人々であって、ユダヤ人との間にとりたてて敵対関係にあったわけでもないのです。ユダヤ人差別は、むしろヨーロッパ諸国の方が激しく、中近東の地域では平和裏に共存しているケースの方が多いのです。
何らの罪のないパレスチナ人が一方的に邪魔者扱いされて土地を奪われる一方で、イスラエルは、同地の分割線を定めた国連総会決議を遵守せず、4度に亘る中東戦争、並びに、テロによる混乱に乗じるかのように力によって自らの占領地を拡大しています。この行為は、国際法が禁じる武力による現状の変更ともなるのですが、力を手段とした点においては、テロリストと変わりはありません。テロリストは民間人を標的にするから‘悪’とする見解もありますが、パレスチナ人の居住地を占領する行為において民間人の被害者はただの一人もいなかったのでしょうか。
多くの人々が、今般の戦争に際してイスラエルを支持しない理由も、同地に住んでいた一般のパレスチナ人、すなわち、パレスチナ人には何らの罪も責任もないことに依りましょう。ハラリ氏は、今後の暴力行為に対してイスラエルにのみが全責任を負うべきとしたハーバード大学学生グループの声明文に対して失望の言葉を述べていますが(ただし、同学生グループは、後に親イスラエル派の人々によって圧力を受けることに・・・)、少なくとも、一般のパレスチナ住民に罪も責任にもないことだけは確かなのです。被害面ばかりを強調するイスラエルの人々も、自らを一般のパレスチナ人の立場に置き換えて考えてみるべきと言えましょう。
この点を考慮しますと、イスラエル・ハマス戦争を含むパレスチナ紛争の解決には、時間を要することは言うまでもありません。イスラエルやハマスのみならず、同地を国際連盟の名の下で委任統治領としたイギリス、全世界のシオニストを含むユダヤ人、紛争に介入したアラブ諸国やイラン、そして、平和的な解決方法を提示できていない国際社会(平和的解決方法の欠如は、テロを正当化してしまう・・・)、並びに、これら全てを背後から操ろうとする世界権力にも責任があるからです。少なくとも、現状にあってはイスラエルによる地上侵攻計画を止めることが先決であり、その後、改めて平和的解決に向けた仕切り直しを行なうべきではないかと思うのです。