La Ermita の記録

メキシコ隠遁生活の私的記録と報告
 @ユカタン半島。

ハンモック

2024年12月06日 | ユカタン諸々
 ポツリと置かれた編み機。

 普通の家。

村には、ハンモックを編む人が結構いる。ここではベッド椅子代りに使うので糸が劣化したりほつれたりして新調するなど、需要も結構あるんだと思う。近所のおばちゃんも、ときどき編んだハンモックを一枚?だけ手に持ってその辺の家を回って売っている。

で、歩いていてみつけた、軒先にぽつんと置かれたハンモック編み機。緯糸の仮処理がしてあって、ちょっと休憩ってわけでもなさそうだが声をかけても誰もいなかった。

 後日。

編んでいたのはおじちゃんだった。別に男性が編んでも構わないんだが、初めて見たので少しびっくりした。緯糸の仮処理について聞いてみたが、おじちゃんは特に理由はないと言う。でもその脇にいた孫らしき青年が、几帳面だからと言っていた。おじちゃんは修理もできるらしい。直せるのはちゃんと編んだハンモックだけで、自動編み機で編んだものや細部がテキトーなものは修理できないという。普通の編み物と同じですね。

 借家の隣の朝食屋。

 トルティーヤを揚げている。

揚げるといってもコーンチップ にするのでなく、ここユカタンではサルブテ。

 こちらはソペ。

 お目当てはサルブテ。

久しぶりに買った。やっぱりめちゃくちゃ美味しい。

 チチャラを作るおじさん。

 大鍋。

前を通ったのは10時過ぎで、まだ鍋の中には肉から出たラードが少なかった。家の外に「12時半から販売」と書いた黒板を出してあった。

 バチェ。

悪名高い、ラテンアメリカ中どこにでもある「道路の穴」。舗装の質が悪いせいで雨が降ったりすると出没する。都会にもある。メリダのバチェの説明は、この記事の中ほど。

この村では、店というよりチチャラのおじさんみたいに「気の向いたときに家で作って売る」人が多く、「FBの売ります書います」に書かない人もいるのでフォローしきれない。普段は車で移動してるんだが、どこか行くついでに「こんなとこに◯◯屋!」と目について車よりいいと思い、こないだオンボロ自転車を買った。買ったはいいが、バチェが酷すぎてよそ見しながら乗るなんて無理だった。役場の土木課がたまに補修工事をしているが、雨季で生まれるバチェの方が多く、舗装が追いつかない。

 我が家の前の道。

うちの前だけは、使用済み猫砂で埋めるのでバチェがないw。

 検問。

…かと思ったら、バイクを止めて猿でもわかるような「道交法のイラストチラシ」を手渡していた。3人乗りはやめましょうとか、免許はちゃんと更新しましょうとか。ユカタンは凶悪犯罪が少ないので、交通違反取り締まりに割ける警官が多い。最近のメリダでは交通整理のほうが重要みたいだが、依然として取り締まりも多い。それと比べるとなんとも呑気である。

 マニ村のクリスマスデコレーション。

 ナシミエント。

 村名碑の周り。

さすが、プエブロ・マヒコ(自然が豊かとか文化遺産があるとか歴史的に重要だと選ばれる観光地、マニ村の場合は歴史)である。全体的に色みを抑えてあって、メキシコらしからぬエレガントな飾りだと思う。この村は、本当に何をやっても渋い。渋いと同時に可愛い。

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 お姉さんの方の猫。

こないだ買ってきたエネケンのラグの上にいるだけで、まるで日本の猫みたいに見える。10年近く住んでるが(以前の外国暮らしでは床はカーペット)、タイルの床というのは本当に日本人には馴染みのないものなんだと思った。

ポルカン、他

2024年11月29日 | ユカタン諸々
 ここのポルカン。

めちゃくちゃ美味しい。感動ものである。イベスという豆を粉にして生地に練りこんであって、粒も入っている。

 中に入っているイベス。

調べたら山形だったかの白ささぎらしく、豆の中で一番美味しい豆なんだそうな。確かに味自体が、クセがないのに濃くて、なんとも形容しがたい美味しさ。ユカタンでは美味しすぎてほぼ生産地で消費されてしまうので、乾燥豆が一切ない。メリダでは旬の冬の間も入手するのはちょっと難しいが、ここでは時期が来た途端に売る人がどっと出てきた。たぶん、家の庭とかで作っている。

 海辺の村の。

イベス豆でなく黒豆入り。ポルカンの意味はヘビの頭だそうで丸い方がそれらしいんだが、メリダで見たのも円盤型だった。海辺の村では丸型が本物だと言われたが、おそらくメジャーなのは円盤型だと思われる。

 レストランのポルカン。

お目にかかったことはないが、ユカタン料理を紹介する記事で見つけた。肉とか野菜を挟んでいる。買ったポルカンにはトマトサルサと赤タマネギのライム汁漬けとハバネロサルサが付いてきた。が!絶対にポルカンだけ食べた方が美味しい! というか、ポルカン自体の美味しさが味わえる。肉とかなんか挟んだら、同じ揚げ物のサルブテと大して変わらないんではなかろうか。あるいは、イベス豆をたっぷり使わないと物足りないものになるからアレコレ挟むのかも知れない。

 ハバネロ。

こちらも、おそらく庭で作っている人の出品(FBの売ります買います)。普段は大きなビニール袋詰めが1キロ25ペソくらいで売ってて、そんなにいらないんだが、こちら出品は珍しく1個1ペソだった。食料雑貨店ではしなしなのしか売ってないので買いたかったが、他の販売情報と同じく、出前方式で売られている。たくさん買っても新鮮なうちに使いきれないので買いたいのは5個とか6個だけなんだが、5ペソ6ペソのために届けてもらうのも気がひける。産地ならではの悩みというか、我々も結構辛いもの好きだが、マヤ人、どんだけ使ってるんだ!?

 サポテネグロ。

ねっとりしてない。前にプログレソの市場でまだ皮が緑色のを買ったことがある。十分熟すまで置いておいて食べた。そのときとちょっと違ったので別物かと思って調べても、やっぱり同じサポテネグロらしい。ブログなどで書いている人もだいたいが追熟させていて、待って食べた感想はみんな一様に「ねっとりして甘い」。が、ねっとりというほどではない。くれた人に聞いても、甘さは個体差があるが食感はこんなもんだという。そりゃ、梨みたいなシャキシャキ系とはまったく違うし、スプーンでしか食べられない硬さなんだが、ねっとり…というのとは違う。

去年マメイを食べたときにも、さっき木からもいだってな実は味も食感も市場で買うのとずいぶん違うと感じたが、ユカタンの果物は「追熟するかしないかで変化が生まれる」んではなかろうか。

 ポポシュの花と実。

 オレンジの木を侵略している。

悪さをする蔓草で、触るとあちこちが痒くなる。不思議と、触れてないところも痒くなる。それがわたしの留守中放っておかれて成長し続け、大事なオレンジの木を覆い尽くそうかってくらいになっていた。実が落ちたらそこからギャンギャン芽を出すので、慌てて駆除した。蔓同士が絡まり合ってエライ大変だった。

 オレンジの隣のウアノ。

こちらは高すぎて届かない。根元から引っこ抜いたので、いずれ枯れて見苦しくなるんだがしょうがない。

 石垣に伸びた別の蔓草。

岩を崩さないように注意しながら引っ張り出した。とにかくここの蔓草の成長はすごい。芽の出方も半端ない。放置厳禁で大変だが、村の名前になってるくらいだから全滅させるには忍びない。というかおそらくニンゲンに勝ち目はないので、マメに観察して切ったり抜いたりと対処するしかない。

 村役場のイベント。

メリダに大きなマヤ博物館がある。前に行ったことがあるが、展示物はすごく面白いし多いのに、エアコンが効きすぎて寒くて全部をじっくりとは回れなかった。村役場で「マヤ博物館が出張ってくる!」と宣伝してたのでリベンジするつもりで行ったんだが、こんな催しw。職員が2人、壺などの小物を9点持ってきて地域の小学生などに見せるという、文化教育の一環らしい。そうと想像すべきであった。

しょうがないので小学生の後ろから覗いて職員の説明を聞いたりしてたんだが、子供達がこっち(珍しいアジア人)に気を取られてしまい、申し訳なかった。最後に自由に見学…となったとき、1人の女の子(たぶんアジア好き)が「韓国人ですか?」と聞いてきて、それに勇気を得たのか質問してくる子が続々と出てきて、最後には囲まれてしまった。海外や外国人に接するどころか、州外に出る機会も少ない子供達。うちの庭が落ち着いたら市の教育員会?か何かに声をかけて、出張授業でもしに行こうかと思った。

 別のイベント。

 フットベースの試合。

先日の「女性に対する暴力撤廃国際デー」とやらに役場主催で行われた。大都市ではデモ行進などが行われるそうで、そういうときは暴動に発展しやすいので注意せよと大使館からメールが来ていたが、村ではこんなもん。平和で楽しそうで何よりである。

 手芸店のフスタン。

フスタンとはユカタン民族衣装の一部で、着物でいうと裾除けですかね?

 こんなの。

民族服であるイピル(ワンピースというかアッパッパー部分)に襟飾りと裾飾りを加えると、晴れ着のテルノになる。ユカタン民族舞踊の女性たちはこれがもっと派手になったやつを着る。

 (c) Yucatan Times

メリダ市役所前でのダンスに出てくる女性たちはこんな風なんだが、村ではそれほど派手ではない。

 洗濯物のイピル。

 死者の日のイベントで。

これはイベントなんで揃いで作ったと思われるが、この辺では普段もイピルを着ている人が多い。結婚式などでは、そのちょっといいやつに裾飾りだけ足して晴れ着にする。なので結構需要があるそうで、メリダではオーダーメイドか土産物屋でしかお目にかからないフスタンが、しれっと手芸店で売られている。


押し入れ

2024年11月23日 | 新築
いつのまにか、gooの仕様が変わってたんですね。パソコンで見るときサムネをクリックしたら写真が大きくなってたんですが、今は単なる小さいサイズの写真になってる。サイズ中で挿入してみます。

台所と洗面台のカウンターをコンクリートで作ってもらってあったんだが、その下がそのままになっていた。そのままというのは、雑な仕上げの壁と排水管などがむき出しだということです。

 カウンター完成後。

今は住んでるんで多少マシだが、みっともないのは分かってたんで当初から親方に追加工事として発注して隠すつもりだったのが、ようやく。同じく追加で頼むつもりだった他のところも完成した。

 まずは車庫にある棚。



発電機や高価な工具類を仕舞っておくためアルミでなくスチール製で、ドアと同じく枠は溶接して付ける。

 滑らかに開閉できるか確認。

鍵は普通の南京錠をつける。要は、簡単に盗めそうでなければいい。

 網戸の外の枠。

網戸は外に付けてと頼んであったのに間違えて内側用に作ってきたのをそのまま外に付けたので、窓との間に隙間がある。それを直せと親方に言ってあったところ。隙間テープを内側に貼ればいいんだが、代わりに窓の開口部(モルタル仕上げ)に別に1本レールを取り付けていた。窓枠部分の隙間はなくなったが、ガラスの窓との間はそれでは埋まらない。

目的はもちろん虫が入らないことなんだが、ここの人たちは虫を気にしないし内外の観念がないので、説明しても中途半端にしか伝わらない。おそらくそのテープがあまり安くないってのもあって全く無視してきたので、もうよしとしてメリダに行ったついでに買ってきて、自分たちで貼ることにする。諦めが肝心です。

 鍵の部分が壊れてたとこ。

ラッチが上手くはまらなかった鍵2ヶ所を直した。設置仕事が夕方からだったので日没を考えた順番で、以降は電灯のある屋内。

 洗濯場の網戸。



これができると、雨天で内干しするときに室内に通じるドアを開けておけて風が通るし、蚊が増えてきてもドアの開け閉めに神経を尖がらせなくていい。本当は、枠を作ってもらってハリケーンの時は雨戸に取り換えられるようにしたかったんだが、あまりあれこれ言うと間違えるんで、リスクを考えて網戸だけにした。

 洗面台の鏡。

鏡もアルミ屋がする。窓ガラスと同じ感覚。貼り付けるんでなく、壁にネジを埋め込んで、鏡の枠に穴を開けてそのネジに引っ掛けていた。

 続いて下の扉。

 完成。

 最後にキッチンカウンターの下。


 枠の調整。



面積が広いのでピッタリ合いづらいのは確かなんだが、想像以上に苦労していた。押したりしてたんで不安になったが、扉がスムーズに閉まるかどうかは彼らにとっても重要らしく、その辺は手を抜かないと決まってるらしい。カウンターのモルタルを少し削って調整していた。

でもってこの扉なんだが、ピックアップから下ろして室内に運んでいるのを見てびっくりした。なんと、無地じゃないのである。

 千鳥格子っぽいw。

うっかりしていた。親方との打ち合わせで色の話が出たとき何も言わなかったんだが、ここでは何も言わないと模様入りがデフォな物がある。それを忘れていた。借家のドアや村のあちこちの門扉などは黒地に金色の埃を散らしたような柄だし、間仕切りには変なアールの飾りがついてたし、基本的に賑やかなのが好きなのである。

 例。

 こんな感じに見せたい?

飾りをつけるだけでは気が済まず、物理的に加工したかのように見える模様がスチール板自体につけてある。そのままの無地でいいのに。。。おそらくこのノリ。

それをすっかり忘れていた。一瞬、ゲローッ、コストや時間やまた頼むの考えるだけで作り直すのは面倒だ…と思ったんだが、諦めるかどうしようかと設置を続けてもらってるうちに見慣れてきたw。

 押入れみたい。

というか、天袋?床の間の襖? 味があるとも言えるw。

設置に全部で4時間弱。お疲れ様でした。

エネケン(サイザル麻)とモトゥル

2024年11月16日 | ユカタン諸々
きちんと雨の降るユカタン南部に引っ越して、屋内のジメジメ対策にぜひ使いたいと思っていたものには、チュクム(天然素材の漆喰)の他にエネケン(サイザル麻)がある。両方とも、湿度が高いときには空気中の水分を吸い込んで乾燥していると吐き出すといった機能を持つ。

プログレソ港ができる前、その西の方にシサルという漁港の村があって、スペインはじめ欧米諸国はユカタンの緑のダイヤ(スペイン語で緑の黄金)であるサイザル麻をそこからガンガン旧大陸に輸出して稼いだ(奴隷扱いされていたマヤ人)。ってか、シサルという名前からサイザル麻と呼ばれるようになった。

 化繊のない時代に大活躍したエネケン。

新居で壁一面に張るなんてことも考えたが、斜陽産業とまでは言わないが最盛期とは比べ物にならないほど生産が少なくて高価なので諦めた。そういう商品を作って販売している企業がオープンハウスをするというので、メリダから東へ20キロほど行ったモトゥルという村まで行ってきた。ちなみにユカタン南部のうちの村のあたりではほとんど生産してなくて、同じ農産物といっても食べ物だけ。

 工場。

結構な規模(ユカタンでは…ですよ)の企業。メリダに販売店があるらしい。きっと金持ち向け。

 自動織機。

オープンハウスと言いながら建物のほんの一角で割引品を並べたエリアだけがアクセス可能だったところ、製造について社員を捕まえて質問してたら機械エリアも少しだけ見せてくれた。が、繊維を取り出す機械は、危ないというので見学できなかった、残念。

 昔ながらの重り。

 機械自体は新しいタイプ。

織り機に詳しくないのでよくわからないが、古くからの細いU字みたいな重りを使っているのが自慢らしい。

 絨毯ゲット。

奥に見えるのは、クッションカバーを作るための織地1m分が巻かれたもの。そもそもロール状の織地を何メートルか買えたらいいなと思って行ったんだが、インテリア製品を見ていた相棒が気に入って、結構な値段の絨毯を買うことにした。絨毯というか、2x3mくらいなので我が家の広い居間では小さいラグって感じだが、オープンハウス割引価格で3万5千円くらい。えーと、言うほど高くないですねw。でも刺繍とか手織りとかじゃないし、普通の人はタイルの床で満足してる国だし、ここの物価的には贅沢品である。

ユカタンでは、他にもランプシェードなど金持ち相手のインテリアグッズがある。が、概して高い。トルティーヤ入れなどの民芸品とか、あと靴やハンドバッグなんかも売ってて、そちらは土産物価格とはいえ小物なんで安い。

わたしは、小物なんかじゃなくて床材に集中したほうがいいのではないかと前から思っている。暑くて湿度の高い土地ではめちゃくちゃ気持ちいいです。海辺の我が家では6枚セットのランチョンマットを買って、シャワー出たところの足拭きに使っていた。銭湯の床がもう少し足に柔らかくなったような感じで、一切ベタつかない。濡れた足拭きそのものはスーッと自然に乾いていく。知り合いは日本の実家で階段に使われているが確かに快適だと話していた。織り方にも多少左右されるんだろうが、ジュートやマニラ麻なんかよりも柔らかい。ユカタン土産には「エネケンのランチョンマットを買って風呂場の足拭きにする」を何よりお勧めします。

さらに、民芸品などを作って売ってるマヤ人女性を支援する団体などがよくあるが、ハッキリいってちょっとした現金収入になるだけで、大した支援にはならないと思う。というか、買い取って支援団体で販売するというのは、販路を提供するのでなく単に買い上げてるだけだ。ちょっと支援したい個人などではどうにもならないが、マヤ社会全体の底上げ目的なら、この規模の工場で建材をガンガン作って輸出すればいいのにと思う。法人税高いし。

エネケンもチュクムも、高い金を出す余所者都会人を尻目にマヤ人が「元は俺等のもの!」と生産地で享受してないのが残念だ。今の金持ち相手の商品を買って使えるくらいに経済的余裕があればと考えているわけではない。そうじゃなくて、先スペイン期やその後の植民地時代には支配層しか享受していなかった機能的な部分を、手軽に利用できたらいいと思う。例えばうちみたいな湿度対策。エネケンの織地なんか、「へえー、メリダではそんなに高いんだ、この辺ではみんな床材や壁紙として家中で使ってるよ」みたいに。

でも、常に支配層がいたことや、マヤの家でなければブロック造一択と知識が薄いことや、あるいは教育レベル問題のせいか全体的に想像力が乏しいので、エネケンやチュクムなんか自分たちには関係ないという感じで、虐げられていた歴史を思い起こさせられるのか、そっぽを向く、というか嫌悪を示す。

でも、そういうのは観光客の目の前でトルティーヤ焼いて見せてるうちは解決しないと思われる。トルティーヤ焼いたり骸骨洗ったり、庭で採れた果物を道端で売ったり古い道具を使って調理したりといった写真をユカタン歴史&文化フループなんかで素敵素敵と消費されてるうちは。教育現場でそういう消費のされ方と同じやり方で「我が文化!」と教えているうちは。難しい。

さて、その工場があったモトゥル村には、ウエボス・モトゥレニョス(モトゥル風卵)という料理がある。ちょっと詳しい「ユカタン料理リスト」なんかには顔を出す。

  ウエボス・モトゥレニョス。

硬いトルティーヤの上に目玉焼きをのせて、その上にトマトソースという、書くと変哲のない料理なんだが、目玉焼きがここでは珍しい半熟可なのと、酸っぱ甘いトマトソースの味が絶妙で、とても美味しい。メリダ人も大好き。

今回久しぶりに行ったんだが、すでに「田舎の可愛い村」ではなく、ちょっと観光地化していて、市場のフードコートは観光客をさばくスペースに見事に変身していた。が、モトゥルの街はこの料理目当ての観光客増加に自然体で対応を重ねてきたんだと思う。政府観光局や旅行代理店によくある「キレイ写真も嘘ばかりじゃないけど所詮メキシコだなw」系のガッカリ要素が味やサービス等にない。「張り切ったのね、けどちょっと残念ね」みたいなとこが一切なくて、街の発展としては成功。

たぶんメキシコ人やメキシコ政府や州は、日本人のように「何それ食べに行くぞー!」だけの旅行にあまり興味がない。えてして遺跡とかの建物や伝統行事など目で見てどうこうって物を売ろうとする。モトゥルは政府の目に留まらず余計な口出しをされなかったおかげで、日本人には馴染みのある整い方で発展したんだと思う。

ちなみにメキシコ中のあちこちの地名にもなってるユカタンの英雄フェリペ・カリヨ・プエルトの生誕地。

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 メリダまでの自動車道。

  木と蔓草に覆われている。

日本から帰ってきたときは、メンテの一環で道路脇の植物が剪定されてきれいだった。が、それから1ヶ月もたってないのにガンガン伸びてて、道幅が2mくらい狭いように感じる。本当に、ここの植物の成長はすごい。古代マヤの都市が隠されるのなんて、あっという間のことだっただろうと思う。近場で生活圏を移動するのは、今のマヤ人でも結構多い。中に建物があるか分からない凄い藪なんかいくらでもある。

例えばある王朝が水不足で引越を決めたとして、大きいピラミッドがあろうがジャングルに埋もれるのなんて多分半年かからない。最初のうちは家が水源に近いとか何かの理由で腰を上げない人がいたとしても、人の手が減ればここの植物の成長速度にすぐ負ける。雪かきを怠ったときみたいに、いつか見切りを付けないと脱出不可能になる。季節ものの雪と違って植物の成長は止まらないし、ここは乾季もカラカラにはならない。奴らは年中延び続ける。隠された遺跡の出来上がり。

ササゲ

2024年11月09日 | ユカタン諸々
なんと、先日書いたテカシュの記事が消えてしまった! 消えたっていうかアプリがうまく機能しなくていじってたら消えたんで、もちろん消したんだけど…w。残念。いいね!くれた方、すみません。

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しつこく死者の日がらみのことを少々。

 バナナの葉を採って運ぶ人。

この画像に、大変だとか尊い仕事だとかのコメントがたくさん付いていた。確かに大量の葉を積んで泥道を行くのは大変だが、この時期ピブ需要でバナナの葉だけでなく死者の日がらみの物はガンと値上がりする。普段は自宅の庭や持っている農地で採って売ってるんだが、需要が上がるのでこうして遠くまで採りに行く人が出る。でも、苦労には十分見合っているであろう。

  エスペロン豆。

こちらはピブ(エスペロン入り)に入れる豆で、調べたところ植物学的にはササゲらしい。インゲンばかりのメキシコでは珍しい。この青物野菜の少ない田舎で莢も食べられるササゲはありがたいということで買ってきた。ここでは豆粒しか使わないので収穫時期には比較的無頓着なんだろうが、メリダや海辺と違って採りたてのものが売られている。が、日本のササゲのつもりで調理したらやっぱり硬かった。

ところがその後、莢を束ねた写真でなく畑の写真を載せている人がいた。たぶん、その日の朝に採ったことをアピールするためだと思うが、ニホンジンは別のところに目がいく。若そうな莢もあるし、ササゲ菜も採れそう。今は買ったばかりなので、全部消費したらその人にコンタクトして、お目当の莢と葉だけ、つまりお客さんが好きに採るササゲ狩りみたいな感じで採らせてもらえないか聞いてみようと思う。

 隣の州政府広報。

隣のキンタナ・ロー州は以前から中央政府寄りで、そのため中央政府の正書法に基づいてハナル・ピシャン(マヤ文化での死者の日の食事、死者の日そのものも指す)を Hanal でなく Janal と書くのが正しいと言っている。スペイン語ではHを発音しないので、メキシコ人にとって正しく発音しやすくしようと思えば、Jになる。でもユカタンでは長年Hを使ってきた(キューバのタイノ語との関係もあるとかないとか)が、今年は政党が変わって中央の与党の知事になったので、J表記が増えた印象を受ける。

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 F1メキシコGPのサーキットメニュー。

コチニータのトルタがあるこの写真が出回って、「マヨネーズ入り!フライドポテト付き!」と騒いでいた。ユカタン人は、世界中どこへ行ってもコチニータを見つけ、違う違うと文句を垂れ、それでもそれを買って食べているw。郷土愛。

 バルチェの花が真っ盛り。

バアルチェというマヤの聖なるお酒を作る。なんと、樹皮をどうかして作るらしい。やってみたいが、聖なる…すぎて実験などして遊んじゃいけない雰囲気がある。ヒルベルトんちの木だし、テキーラもどきと違ってなかなかチャンスに恵まれない。というか、日本語ウィキには「今でも現地では…」などと書かれているが、はっきり行って土産物屋でさえ見たことない。マリアに聞いたら作り方を知ってるだろうか。

 どこにでもあるマヤの家。

どこにでもあるんだが、敷地内が木でボーボーになっていないわりに蔓草が屋根まで伸びてて、少し珍しい。おそらく最近無人になったんだと思われる。

 近所の鶏肉屋のヒヨコ販売。

ヒヨコが売りに出されるのは、2週間に一度と決まってるらしい。この辺では、鶏なんか飼おうと思ったら誰でも飼える。でも飼ってる人も鶏肉を買いに行ったりする。各家庭で鶏肉と卵の需要というか、「肉になるよう育てている鶏と卵を産ませる鶏」、さらに「肉になるよう孵させる卵と食べる卵」のタイミング/計画があって、鶏肉屋は経験則からそれを熟知している。「2週間に一度」という頻度はそれに合わせているんだろうと思う。