3秒ルールどころか 3日も考えた。
誕生日だったこともあり、今回は少し時間がかかった。
仕事関連の方で 私より一つ若くてパワフルな女性だった。
本の中に 終わりを思い描くことから・・・
この言葉を 思い出しながら雨の中見送った。
自分は 何をやりたいのか?
なぜ そのことをやりたいのか?
どんな形なら 伝わるのか?
3日もかかって 元に戻って・・・
方向性は 間違っていないと
自分だけで 納得した。
3秒ルールどころか 3日も考えた。
誕生日だったこともあり、今回は少し時間がかかった。
仕事関連の方で 私より一つ若くてパワフルな女性だった。
本の中に 終わりを思い描くことから・・・
この言葉を 思い出しながら雨の中見送った。
自分は 何をやりたいのか?
なぜ そのことをやりたいのか?
どんな形なら 伝わるのか?
3日もかかって 元に戻って・・・
方向性は 間違っていないと
自分だけで 納得した。
この画像を見ていると 癒される? うらやましく思える。
ふわふわとした 生き方もあるんだろう。
母が亡くなって14年、この夏の時期に 想い出す。
試験勉強にチャレンジしていた 長い年月は目標があった。
これから どんな生き方をするんだろう。
先は・・ 長い。
あっという間に 10月も半ば・・・です。
2週間前に 父が亡くなりました。
前後は 忙しくて 実感がなかったのですが
時間が経つにれて いろいろな事が浮かんできます。
あんなに 恐くて わがままで
何歳になっても 圧力をかけてきて
悪口を 書いていたら
また どっかから 怒鳴り声が聞こえそうな気がします。
実家は 家具の工場から 店へ
事業がうまくいかず
毎日のように 父の怒鳴り声と
家具が 壊れる音 母の鳴き声
幼いころから ずっとそんな家庭でした。
今 私の年齢で がむしゃらに頑張るのは
その 裏返しなのだと思います。
以前も 書いたけど
高校3年の時
就職試験を 受ける友達がうらやましかった。
今でも 鮮明に覚えています。
例えるなら・・・頭の上の 漬物石が無くなったような感覚です。
私は 4人兄妹の 末っ子で
実は かなりの 甘えたれ・・だったのですが
いつの間にか 甘えることが 苦手になってしまい
自分が たくましくなって強くなることを
覚えました。
今年は 一層 秋がしみるように思います。
父の 手紙と お菓子を送って・・・
実は 私は少しだけ父にお願いがあったのです。
毎日 ウォーキングに使う靴が ボロボロになったので
買いに いったのですが・・・どうもいまいち。
ふと そんな時 去年 母に買ってあげた靴の事を思いだしたのです。
普段は なかなか時間が休みがとれない私ですが
去年は いろいろあって 職場を変わる時期の事です。
母が 足の静脈瘤の手術を受けるかどうか 悩んでいた時期
病院を何件か回る覚悟で 3日ほど 実家に滞在したんです。
嫁に行ってからは いつも子供たちや 主人と一緒だったので不思議な感覚でした。
和室に 父 母と 私3人で川の字で寝たのが最初で 最後でした。
結果的には 母は手術が怖いと言い出して 手術は見送ったのでした。
最後の日 「どこかに 行きたい?」と聞くと
「買い物に行きたい。」 と言うので買い物に・・・
いつもは父が 車で送るので ゆっくり服が見れないというのです。
スーパーに 行って ・・・・・
母の表情 足どりの軽さに びっくり。
え ? 足 痛いんじゃないの?・・・・
昔 父が言っていました。 母は 猪だって
山に 連れていくと 人が変わるのだそうです。
スーパーに行っても 人が変わりました。
その時 母に買った靴がこれ
(なぜか 昨日から 履物の画像が多いのは 偶然?)
母は 外反母趾があったのですが
私も その遺伝? 足に合わない靴は 何の役にも立たないのです。
と いうことで 母が 一度も 履かないままの靴が私の元に。
実は 14日 15日 秘密の一人旅(山ごもり)の為には
どうしても 必要なのですよ。
さっき 靴が 届いたと父に 45分も長電話して・・・
釣りの事 庭木の事 野菜づくり・・・日誌を10年以上も続けている事
なぜか 最後は 姉の話になって(近頃 姉と 姉のご主人)と
釣りにいくそうです。
私は 兄妹4人 兄二人 姉一人の 末っ子です。
で もって 女二人共 家族の中では かなりはっきりした性格・・・だと
思っていたのです。
しかし 父の発見 ・・・○○さん (姉のご主人)と一緒の 姉は
それは それは しとやかなる おなごで おとなしい・・・そうです。
え・・・・・ !!! そんな はずはないだろ。
父とも さんざん喧嘩したし 気性は 私よりきつい・・・と思い込んでいた
しかし ご主人に対しては 別人だそうだ。
その 後の父は
「やっぱ おなごは おとなしからんと いかん。口答えひとつせん。
誰に 似たっちゃろうかねぇ。 いやあ あげん おとなしかったとは
知らんかった。 ○○は、よーーー。できとる。 」
この後の 会話 ・・・ これを まさしく 藪蛇と いうのだと
学習しました。
姉は 母に 似て
私は 父さん 貴方に似たのですよ。
今日は あと 1話 挑戦します。
お暇な方は どうぞ。
8月に 母を亡くして 日々家のかたづけをしている父は
疲れと 寂しさのあまり 時々 同居している兄(独身)に
辛くあたる時があります。 つい 一週間ほど前も
感情的になった父から 電話があり 家土地を売って
一人になって 楽になりたいという事を 話していました。
(子供たちに迷惑をかけているようで 辛いとの事)
秋も だんだん深まってきました。
・・・・・家族の近況報告
こんな時代ですから いっぺんに 特別いいことなんてありませんが
近頃は 日記を書いたり お城を歩いたり デジカメで自然を撮ったり
そんな 小さな事に目をむけるようになりました。
○○さん(主人)とも 時々 喧嘩しますが もう結婚して○○年
少しは いろいろな事がわかるようになりました。
男の人は なかなか ありがとう・・とか ごめん・・とか
美味しい・・・とか 表現するのが 苦手なようです。
兄ちゃん達も そうだと思います。
ばあちゃん(母)が 逝ってって 私たち4人(兄妹)が皆 感じている事は
もっと表現しておけば もっと親孝行しておけば・・できた事はなかったのか?
そう思います。 ばあちゃん(母)は 中学生の時 お母さんを亡くしたようですが
親孝行したい時には 親はなし・・・そんな言葉を 言っていたことを思い出します。
父さんさんは 生まれてすぐに お母さんを亡くして 一人の時があったかもしれま
せんが 私たち兄妹は この歳まで 二人ともいてくれた事に感謝します。
今では 父さんの血をうけつぐものは 私達 4人と 孫・・・・
合計で 10倍にもなりました。
今後の父さんの人生をどうすべきか 私たちがいろいろ言える事では
ありませんが 10人が周りにいる事を時々思いだしてくれたらと
思います。
昨日の朝 宅急便の荷物
(チョコレート インスタントコーヒー 下着 肌着 チーズ)
と 手紙を送るために 実家に電話しました。
父は 留守でしたが 兄が出て
「この前は 有難う。
「え ?何だったっけ?
「ごたごた しとって ・・・・
でも 近頃 落ち着いたみたい」
兄の声なのに イントネーションが 母みたいで・・・・
少し 驚きました。
(一週間ぶりに ブログを書けるようになって ・・・・)
日々の生活 文章を書くことが少なくなって
表現する力が だんだん 弱くなっているのではと気付かされます。
人生の中で どんどん表現が少なくなると とても 味気ない人生になって
しまいそうに思えます。下手でも いつも自分の感じている事を
表現しできる 自分でありたいと思います。
出会った 多くの方に 感謝しております。