Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

シネマしりとり「薀蓄篇」(138)

2015-09-15 05:46:42 | コラム
げんこ「う」→「う」ーはー(ウーハー)

なんとしてでも東京に出なければ―と、片田舎に住む映画小僧に思わせたのは、圧倒的なスクリーン数であった。

地元・群馬の館林にも映画館はあったが、スクリーン数は「2」であったし、そこでは自分が愛する独立系の映画が上映されることはなかった。

上映されたとしても、客は自分ひとりだった可能性が高いけれども。
(後年、この映画館でアルバイトをした―という話は何度も書いているが、慣れてきたころ「武の映画をかけましょうよ」といってみた自分に対する支配人のことばが印象的だった。 「お前は映画をアートかなにかだと思っているみたいだが、俺にとっては商品なんだ。武の映画は入らないから買いつけない。今年は『稲村ジェーン』でいく。つまらない映画だと分かっていても、俺はそれでいく」)


翻って東京では。
あっちにもこっちにも、そっちにも映画館が。

総スクリーン数を調べてみる「気さえ」起こらないほど、、、なのだった。


では、東京に出てくる前の映画鑑賞はどうしていたのか―というと、そのほとんどがビデオを介するものだった。

中高生のころだから・・・

映画を観たい! 映画を観たい!!

と、

エッチをしたい! エッチをしたい!!

という思いは、あるいは同じくらいの強さだったのかもしれない。


スクリーンでも観てもブラウン管で観ても、傑作は傑作にちがいない。
ちがいないが、少しでも居間を映画館の雰囲気に近づけたい。

だから電気を消してカーテンを閉めて鑑賞する。

ビデオデッキも当時では最新のもの「S-VHS」であった。

問題はテレビだ―父親と顔をあわせれば「テレビ、テレビ!」とねだる。

「いまのテレビじゃ、迫力が足りないよ。父さんの好きな大河ドラマも、でっかい画面と大音量の出るテレビで観たほうが面白く感じるんじゃない?」

そういい続けて買ってもらったのが、東芝のBAZOOKA(バズーカ)だった。


※小倉さんとか、




森川由加里ちゃんを起用しているところに時代を感じるよね





BAZOOKAの売りは、画質よりも音質だった。

ウーハー(woofer)と呼ばれるスピーカーシステムを採用し、いってしまうが「無駄に」重低音を目立たせたオモシロAV機器である。

「無駄に」というのは、この世界について「それなりの」知識がついた現在だからいえること。
だって、重低音が必要のない映像に対しても「ムリクリ」つけてしまおうという発想なのだもの。

とはいえ。
当時はそんなことも考えず、ウーハーというシステムがうれしくてうれしくて、目盛りをマックスにして映画鑑賞したものである。


ちなみにウーハーということばの由来は、オオカミなどの唸り声からつけられたそうで。

そういえば『セント・オブ・ウーマン』(92)で、主演のアル・パチーノがしゅっちゅう「ウー、ハー!」といっていたが、結局あれはなんだったのだろうか?


次回のしりとりは・・・
うー「はー」→「はー」とにひをつけて。

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明日のコラムは・・・

『カンニングモンキー』
コメント (2)
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