ご「にん」→「にん」しん(妊娠)
「I am pregnant」
ハリウッド映画で、よく聞く台詞。
「わたしは妊娠している」は、ひょっとしたら「You are under arrest」(お前を逮捕する)と同じくらいの頻度で聞いているかもしれない。
ちょっとオーバーな気もするが、物語を動かす一大要素として有効と捉えられているから、この展開が多用されているのだともいえる。
「出来ちゃった婚」ということばが一般化して久しいが、めでたいことなのに「それはちょっとなぁ…」みたいな空気が流れることがあり、正直、なにをそんな小さなことにこだわってんの? とは思う。
順序が逆―といいたいのだろうけれど、順序がアベコベで、もっと深刻なことなんていくらでもある。
ヒトコト、「おめでとう!」といってやればいいじゃないか。
さて映画のなかにおける「妊娠したの」という告白で、忘れられない作品がふたつある。
『ザ・ロック』(96)の、前半部分で告白する「妊娠したの」は、ユーモラスな空気が流れていて面白い。

グッドスピード「いまは爆弾も宅配便で届けられる時代だ。こんな世の中に生まれてくる子は不憫でならないね」
カーラ「…」
グッドスピード「ごめん。つまらない愚痴だ。君の話は?」
カーラ「妊娠したの」
グッドスピード「なんだって?」
カーラ「妊娠したの」
グッドスピード「わーお!」
カーラ「わーお! それだけ?」
グッドスピード「めでたいことだよな…」
カーラ「でもあなたは、さっき、こんな世の中に生まれてくる子は不憫でならない…っていった」
グッドスピード「それは、あのときの感情だ」
カーラ「あのときって、ついさっきの話よ!」
このあと、カーラのほうからプロポーズするというわけ。
『ザ・ロック』のユーモアが微塵も感じられないのが、『セブン』(95…トップ画像)のグウィネス・パルトロー。
妊娠している彼女だが、旦那(ブラッド・ピット)が「喧嘩してまで」赴任してきたこの地で産むことには消極的。
犯罪多発地域だから。
でも、子どもがほしい。
その思いを、旦那の相棒であるモーガン・フリーマンに吐露するシーン。
「―もし産まないなら、このことは旦那には内緒にしておけ。もし産むのであれば、子どもを、思いっきり甘えさせてやれ」
これを聞いたパルトローのクシャッとする顔が、なんともいえない余韻を残す。
男と女、その数だけドラマがあるってことでしょう、前述したように、やっぱり「物語を動かす一大要素として有効」なんだよね。
その数ヶ月後、新しい命がこの世に誕生する。
それを捉えた描写でいうと、日本のドキュメンタリー『極私的エロス 恋歌1974』(74)が最も鮮烈だと思う。
かつての恋人の出産―しかも、別の男とのあいだに生まれる子―を捉えようとする監督、原一男の「どうかしている度」がマックスで、観ていて圧倒される。
撮る/撮られる関係性を追い続ける原一男の面目躍如といえばそうだが、自分だったら出来ないだろうなぁ、、、と思わせてくれる「濃度」なのである。
あすのしりとりは・・・
にん「しん」→「しん」めとりー。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(174)』
「I am pregnant」
ハリウッド映画で、よく聞く台詞。
「わたしは妊娠している」は、ひょっとしたら「You are under arrest」(お前を逮捕する)と同じくらいの頻度で聞いているかもしれない。
ちょっとオーバーな気もするが、物語を動かす一大要素として有効と捉えられているから、この展開が多用されているのだともいえる。
「出来ちゃった婚」ということばが一般化して久しいが、めでたいことなのに「それはちょっとなぁ…」みたいな空気が流れることがあり、正直、なにをそんな小さなことにこだわってんの? とは思う。
順序が逆―といいたいのだろうけれど、順序がアベコベで、もっと深刻なことなんていくらでもある。
ヒトコト、「おめでとう!」といってやればいいじゃないか。
さて映画のなかにおける「妊娠したの」という告白で、忘れられない作品がふたつある。
『ザ・ロック』(96)の、前半部分で告白する「妊娠したの」は、ユーモラスな空気が流れていて面白い。

グッドスピード「いまは爆弾も宅配便で届けられる時代だ。こんな世の中に生まれてくる子は不憫でならないね」
カーラ「…」
グッドスピード「ごめん。つまらない愚痴だ。君の話は?」
カーラ「妊娠したの」
グッドスピード「なんだって?」
カーラ「妊娠したの」
グッドスピード「わーお!」
カーラ「わーお! それだけ?」
グッドスピード「めでたいことだよな…」
カーラ「でもあなたは、さっき、こんな世の中に生まれてくる子は不憫でならない…っていった」
グッドスピード「それは、あのときの感情だ」
カーラ「あのときって、ついさっきの話よ!」
このあと、カーラのほうからプロポーズするというわけ。
『ザ・ロック』のユーモアが微塵も感じられないのが、『セブン』(95…トップ画像)のグウィネス・パルトロー。
妊娠している彼女だが、旦那(ブラッド・ピット)が「喧嘩してまで」赴任してきたこの地で産むことには消極的。
犯罪多発地域だから。
でも、子どもがほしい。
その思いを、旦那の相棒であるモーガン・フリーマンに吐露するシーン。
「―もし産まないなら、このことは旦那には内緒にしておけ。もし産むのであれば、子どもを、思いっきり甘えさせてやれ」
これを聞いたパルトローのクシャッとする顔が、なんともいえない余韻を残す。
男と女、その数だけドラマがあるってことでしょう、前述したように、やっぱり「物語を動かす一大要素として有効」なんだよね。
その数ヶ月後、新しい命がこの世に誕生する。
それを捉えた描写でいうと、日本のドキュメンタリー『極私的エロス 恋歌1974』(74)が最も鮮烈だと思う。
かつての恋人の出産―しかも、別の男とのあいだに生まれる子―を捉えようとする監督、原一男の「どうかしている度」がマックスで、観ていて圧倒される。
撮る/撮られる関係性を追い続ける原一男の面目躍如といえばそうだが、自分だったら出来ないだろうなぁ、、、と思わせてくれる「濃度」なのである。
あすのしりとりは・・・
にん「しん」→「しん」めとりー。
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明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(174)』