65年12月21日生まれ、50歳。
埼玉出身。
公式プロフィール
ヘアヌード写真集を出したり、紅白でコンドーム遊びをしてみたり、
※ちゃんとした意図があったようですが
「シブがき隊」のなかのエキセントリック担当になっていくのか・・・と思われた本木雅弘(もとき・まさひろ)さん、ですが、ふと気づいたら正統派の中堅俳優に。
もう50歳というのもオドロキですが、映画小僧として「モックン、抜けたな」と感心したのは、95年の『GONIN』からでした。
代表作はオスカーにも輝いた『おくりびと』(2008)、、、ということに「なっている」のでしょうけれど、
滝田監督の映画ではもっと優れているものがあるし、モックンだってこれ以上の演技を披露している作品もあります、だからこれをきっかけにほかの出演作を観るひとが増えたらなぁ・・・と思います。
※最新主演作、とっても面白そう。原作もぜひ!
<経歴>
夫人は、内田裕也と樹木希林を親に持つ内田也哉子。
元「シブがき隊」メンバー。
ちなみに・・・
「たのきん」ならマッチ、
「少年隊」ならニッキ、
「シブがき」ならヤックン派でしたかね、自分は。
81年に芸能界入りし、『2年B組仙八先生』(81~82、TBS)で俳優デビューを飾る。
「金八」に比べると弱いのでしょうが、悪くなかったですよ、毎週欠かさず観ていましたもの。
このときに同じ「2B」の生徒役として出演していた薬丸裕英、布川敏和とシブがき隊を結成し、82年に『NAI・NAI 16』で歌手デビューを果たす。
(解散ではなく解「隊」は、88年)
映画俳優デビュー作は82年の『ボーイズ & ガールズ』で、これは「シブがき隊のメンバー」としての出演です。
そのあとの『ヘッドフォン・ララバイ』(83)、『バロー・ギャングBC』(85)も同様。
このころにモックンを「俳優」として認識していたひとは、ファンにも居なかったのではないでしょうか。
俳優としての躍進は、解「隊」後に訪れました。
ソロになった翌年の89年だけでも、『226』、『ラッフルズホテル』、『ファンシイダンス』に連続出演。
とくに、坊さんの世界を周防監督が軽妙に描いた『ファンシイダンス』は高評価を受け、多くの映画ファンは「あれ、3人のなかで最も映画向きなのかも」と、その可能性に期待を寄せ始めます。
『陽炎』(91)、『遊びの時間は終らない』(91)、
再び周防監督と組んだ『シコふんじゃった。』(92)、
『魚からダイオキシン!!』(92)、
浮いた感じがちょっと厳しい『ラストソング』(94)、
明智小五郎を演じる『RAMPO』(94)、前述した『GONIN』、
96年の『トキワ荘の青春』では寺田ヒロオを誠実に演じ、このころには、モックンの肩書きを「元アイドル」とするひとは、ほとんど居なくなったのでした。
98年、三池崇史の快作『中国の鳥人』に主演、
99年、塚本晋也の『双生児』(99)で2役に挑戦、

『スパイ・ゾルゲ』(2003)では尾崎秀実を演じ、
そして2008年に自ら企画を売り込み、『おくりびと』に主演する。
個人的にはモックンの好演より、ヒロスエの艶っぽさに参ってしまったクチです苦笑
『天空の蜂』(2015)、
さらに『日本のいちばん長い日』(2015)では、昭和天皇(トップ画像)を演じる。
最新作は、西川美和の『永い言い訳』(2016)。
本数はそれほど多くはないですが、順調なキャリアを築き上げていますね。
おそらく、きっちり脚本を読み込んで、どれに出るべきかを吟味するタイプなんだと思います。
次回のにっぽん男優列伝は、森繁久彌さんから。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『階段』
埼玉出身。
公式プロフィール
ヘアヌード写真集を出したり、紅白でコンドーム遊びをしてみたり、
※ちゃんとした意図があったようですが
「シブがき隊」のなかのエキセントリック担当になっていくのか・・・と思われた本木雅弘(もとき・まさひろ)さん、ですが、ふと気づいたら正統派の中堅俳優に。
もう50歳というのもオドロキですが、映画小僧として「モックン、抜けたな」と感心したのは、95年の『GONIN』からでした。
代表作はオスカーにも輝いた『おくりびと』(2008)、、、ということに「なっている」のでしょうけれど、
滝田監督の映画ではもっと優れているものがあるし、モックンだってこれ以上の演技を披露している作品もあります、だからこれをきっかけにほかの出演作を観るひとが増えたらなぁ・・・と思います。
※最新主演作、とっても面白そう。原作もぜひ!
<経歴>
夫人は、内田裕也と樹木希林を親に持つ内田也哉子。
元「シブがき隊」メンバー。
ちなみに・・・
「たのきん」ならマッチ、
「少年隊」ならニッキ、
「シブがき」ならヤックン派でしたかね、自分は。
81年に芸能界入りし、『2年B組仙八先生』(81~82、TBS)で俳優デビューを飾る。
「金八」に比べると弱いのでしょうが、悪くなかったですよ、毎週欠かさず観ていましたもの。
このときに同じ「2B」の生徒役として出演していた薬丸裕英、布川敏和とシブがき隊を結成し、82年に『NAI・NAI 16』で歌手デビューを果たす。
(解散ではなく解「隊」は、88年)
映画俳優デビュー作は82年の『ボーイズ & ガールズ』で、これは「シブがき隊のメンバー」としての出演です。
そのあとの『ヘッドフォン・ララバイ』(83)、『バロー・ギャングBC』(85)も同様。
このころにモックンを「俳優」として認識していたひとは、ファンにも居なかったのではないでしょうか。
俳優としての躍進は、解「隊」後に訪れました。
ソロになった翌年の89年だけでも、『226』、『ラッフルズホテル』、『ファンシイダンス』に連続出演。
とくに、坊さんの世界を周防監督が軽妙に描いた『ファンシイダンス』は高評価を受け、多くの映画ファンは「あれ、3人のなかで最も映画向きなのかも」と、その可能性に期待を寄せ始めます。
『陽炎』(91)、『遊びの時間は終らない』(91)、
再び周防監督と組んだ『シコふんじゃった。』(92)、
『魚からダイオキシン!!』(92)、
浮いた感じがちょっと厳しい『ラストソング』(94)、
明智小五郎を演じる『RAMPO』(94)、前述した『GONIN』、
96年の『トキワ荘の青春』では寺田ヒロオを誠実に演じ、このころには、モックンの肩書きを「元アイドル」とするひとは、ほとんど居なくなったのでした。
98年、三池崇史の快作『中国の鳥人』に主演、
99年、塚本晋也の『双生児』(99)で2役に挑戦、

『スパイ・ゾルゲ』(2003)では尾崎秀実を演じ、
そして2008年に自ら企画を売り込み、『おくりびと』に主演する。
個人的にはモックンの好演より、ヒロスエの艶っぽさに参ってしまったクチです苦笑
『天空の蜂』(2015)、
さらに『日本のいちばん長い日』(2015)では、昭和天皇(トップ画像)を演じる。
最新作は、西川美和の『永い言い訳』(2016)。
本数はそれほど多くはないですが、順調なキャリアを築き上げていますね。
おそらく、きっちり脚本を読み込んで、どれに出るべきかを吟味するタイプなんだと思います。
次回のにっぽん男優列伝は、森繁久彌さんから。
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明日のコラムは・・・
『階段』