人の子供は産まれてくると、
大人の腕に抱かれて育つ。
歩けるようになると、
大きくなったねと言われるようになり、
気付けば抱かれなくなっていて、
その大人の腕が、か細く、力を失った頃、
子供は大人に成っていて、
今度は、小さくなった大人を抱いて見送る事となる。
ネコの場合は、少し違う。
小さなネコは、ヨチヨチと好き勝手に歩くものだから、
危なっかしくて見ていられない。
抱いては戻し、抱いては戻しで疲れてきたら、
抱きっぱなして寝かしつける。
我が家のきくも、そうだった。
子ネコの頃から、しっかり者のおきくちゃんだったが、
抱いてやるとゴロゴロ喉を鳴らして、甘えたものだ。
それが成ネコになってみれば、生意気で、はねっ返り。
抱っこなんて、とんでもない。
気に食わないと、すぐ怒ってわめき散らす。
そうきたかと、無視していると、
おい撫ぜろ、こっちへ来いと更に鳴きわめき、
こっちも負けるもんかと離れて座ると、
目の前に来て、私に口喧嘩を売ってくる。
買ってやろうじゃねえかとなって、
人とネコの大人げない口喧嘩が、見事なまでに成立するのだ。
そうして、きくが10歳を超えた頃、
老化のせいで巻き爪になり、
こればっかりは切らない訳にはいかなくて、
泣いて、本気で土下座して、それでも抱っこは許されず、
片手を持って、光のごとく速さでならば、1日1本切らせてくれた。
お礼のつもりで撫ぜてようものなら、ガブーっと本気で咬んできた。
お互い、元気に相変わらず喧嘩ばかりをしていたら、
きくは14歳になっていて、
何でも独りで達者にできるわいと豪語していた、あのきくが、
最近、食卓にぴょんっと軽く飛び乗れなくなってきた。
食卓を見上げて、イライラしているきくを見て、
喧嘩ばかりしているくせに、知らん顔ができなくて、
激怒を覚悟で、きくの体に手を伸ばす。
咬むか?くるか?
なんて言いながら、抱き上げてみると、
きくは、ゴロゴロ喉を鳴らした。
だから、私はすぐに食卓の上へ置いてやらずに、
しばらく、きくを抱きしめていた。
きくが、この腕に帰ってきた。
子ネコみたいに軽くなっていて、
この腕は、いずれ、きくを抱いて見送る事になるのだろう。
そんな時が、少しずつ、少しずつ、近付いてきたのだと感じた。
きく、怒らんのか?
もっと、怒ってて、いいんだぞ。
きく?
おきくちゃん、
おかえり。