私は、夜中に夢を見た。
母さんと出かけたデパートで、
私は、母さんの手を引いてトイレへ連れて行き、
入口で待っているからと伝え、つないでいた手を放した。
しかし、母さんは一向に出てこない。
トイレへ入って探しても、母さんの姿はなく、
辺りを見回すと、出入り口が一つではない事に気づき、
私は、「しまった」と呟いた後、闇雲に走り出した。
長い時間、母さんを探し続ける夢を見た。
おはようございます。
目が覚めると、時刻は午前2時だった。
私は嫌な予感がして、そのまま外へ出て、近くの川へと向かって行った。
真っ暗な川沿いは、私以外、誰も居らず、
私は、しばらく、月の明かりに照らされてテラテラ光る川を眺めていた。
実は、この夢を見る数日前、実家の母が、
夜中に突然、川の方へふらふら歩いて行ったと父に聞かされ衝撃を受けた。
だから、夢が夢ではない錯覚に陥り、川を見に行ったという訳だ。
実際、徘徊を試みた、あの日は、父が早々に気づき、連れ戻したが、
父に、行く手を阻まれた母は、次の日も烈火のごとく怒っていて、
私は、それをなだめるために実家へ向かった。
母はベランダの椅子に座っていて、
私も裸足のままベランダに出て、しばらく川の方を見ていた。
こっちが黙っていては埒が明かないから、
よしっと意を決して、しかし軽い口調で、話しかけてみた。
「母さんは、昨日、どうして川に行ったんや?」
すると母は「川が見たくて行っただけだ」と不貞腐れたように言った。
私は、「だったら、そういう時は、私も誘ってよ」と笑った。
母は、「わしには深い苦しみがあって、もう嫌になって出て行ったんや」と続け、
私は、「どんな苦しみがあるの?」と母の背中をさすった。
聞いてみれば、
母は、あれやこれやと昔の事をあげつらね、恨み節ばかりだった。
人の悪口を言ってる母さんは、実に母さんらしい。
どんどん調子が上がってくる母に、私は思わず、
「おぉ。いいぞ。のってきたな。それでこそ、母さんだ」と
茶化してみると、母は、ようやく笑顔になった。
笑顔で悪口を続ける母さんは、実におどろおどろしい。
そして、やはり、母さんらしい。
さすり続ける母の背中は、はじめは怒りに震えていたが、
笑顔になった頃、震えはすっかり消えていた。
しかし、さする私の手は、実は、ずっと震えていた。
震える手をごまかすように、ずっとさすり続けて、
そろそろ摩擦で出火するんじゃねーか?
そうなったら、それはそれで面白いと思い、
意地でもさすり続けながら、母との会話を続けた。
「手を繋いで歩いとる夫婦や親子が羨ましい」
そう呟く母の視線の先には、
川沿いに仲良く並ぶ2人連れの姿があった。
本当は、悪口が言いたいんじゃない。
母さんは、愛を乞うているんだ。
6人兄妹の真ん中っ子、生まれた頃は戦中だった。
大人に愛を乞う余裕もないまま大人になり母となった。
大人の振りして意地を張って生きてきたが、
しかし、本当は、母さんは幼い頃からずっと愛を乞うていたんだ。
そこから一歩も進めないまま、
自分の事も分からなくなっていく事は、さぞや苦しいだろう。
だからといって、私は母さんを好きになれない。
今さら尊敬もできなければ、感謝もできない。
私も母のように、闇雲に欲しがるばかり来てしまったからだ。
ただ、この人の心を和らげてやれないだろうか。
そう考えあぐねている今、
私は、愛は乞うものではなく、
自分の胸の中に生まれるものなのだと、気付かされた。
だから私は、素直に口に出してみたのだ。
「母さん、私が手を繋ぐから、心配せんでいい」と。
そう言ってみると、私の手の震えは一瞬にして消えた。
うんこ「婆ちゃんは、なんて答えたの?」
それじゃ、お前が転んだ時とばっちりを食うから、かなわんわって言ってたよ。
うんこ「うふふふ、たしかに!」
手を繋ぐって、きっと、いいもんだぞ。
私も、母さんと手を繋いでみたくなったんだ。
うんこ「こんな感じに?」
爪、刺さってる・・・。