今でも、
頭の中に、こびり付く言葉がある。
おはようございます。
若くイケメンな獣医の言葉だ。
「もう何もできません。一週間ももたないでしょう。」
緩和ケアと言っても、胃ろうくらいしかないと言った。
私は、自分自身驚くほど、カッとした。
その獣医の胸ぐらを掴んで、
「うんこを切り捨てるような事を言うな!」と叫びたい衝動が
胸を突き刺した。
そんなの、ただの八つ当たりだ。
今も理解しているが、今でも、あの獣医の顔を見たら、
落ち着いて、胸ぐらを掴んでしまうかもしれない。
というか、是非、そうしたいと望んでいる。
ばったり、会わないかな~。
まあ、そんなことも妄想しつつ、
うんこさんは愉快な仲間達との日々を、過ごしております。
うんこは、ゆっくりとその身を軽くして行きながら、日常を過ごす。
いつも通りに、遊びの時間に参加して、
私が歯磨きしている時は、
「それ終わったら、うんちゃんよ」といったふうに、
後ろで待機している。
これも、うんこの日課で、ブラッシングを待っているのだ。
静かで、ゆっくりとした、少しコミカルな日常だ。
ただ、なんとなく、その光景がセピア色になっていく。
私は、この日常を、母かずこさんにも見る。
かずこさんやうんこのいる場所は、
まるで、セピア色のサンクチュアリだ。
とてもシンプルで、とても自由で、神聖だ。
「薬なんて飲みとうない」と
駄々を捏ねるかずこさんは、ひたむきに見えて、健気で可憐だ。
右の鎖骨は、鎖骨脱臼のせいで、上に跳ね上がったまま。
「手術なんて、絶対いやじゃ」と頑張ったおかげだ。
硬膜下血腫の時も、8日の入院を2泊に短縮した。
よくぞ、頑張って戦ったものだ。
そして今も、好きなだけタバコと酒を飲んで幸せそうだ。
怒ったり笑ったり、便秘に悩んだり、
遠くに見えるカラフルで忙しい社会を、他人事みたいに眺めている。
その目前に、遠くのカラフルで忙しい社会から持ってきたピンクの花を見せると、
鮮やかさに感心をして、驚いたような顔で笑う。
そのくせ、最新の医療にかけようと、社会へ連れ出すと、
途端に戸惑い、不安になり、そして苦悩を抱える。
その時私は、かずこさんをサンクチュアリで返さなければと慌てる。
とんがった鎖骨の聖人、
私は、その困った老婆を、どうしても応援したくなってしまう。
かずこさんのセピア色のサンクチュアリを守ってやりたくなるんだ。
うんこのサンクチュアリも、守ってやりたいと、
うんこを見ていると、そんな納得の仕方ができるようになってきた。
私は、このセピア色のサンクチュアリと社会を行き来しているからか、
少し戸惑っている。
社会は、実に色鮮やかで、高速だ。
多様性を叫びながら、裏は決して許されない。
優しい表しかないような振りをした、張りぼてみたいな正義が猛威を振るう。
面倒なことは、便利な物に任せ、
余った時間は、わざわざ『人生の苦悩』に当てているみたいだ。
生きるって、こんなややこしかったっけ?と。
そして、私もセピア色に染まりたいとさえ思えてきて、
かずこさんやうんこの健気で可憐な姿が、愛おしくて泣けてくる。
そんな、うんこさん。
2週間前、エコー検査のため、腹を剃られて以来、
そこが気になって、過剰に舐めてしまう。
真っ赤になってきて、
こりゃいかんと、
こうしてみたよね~。
「うんちゃん、可愛い!」と思ったのだが、
どうやら、かなり、これもストレスになるらしく、外したのであった。
うんこ、ごめんな。
うんこ「うんちゃんね、これもストレスなんですけど!」
うんこ「たれちゃん、うんちゃんのしっぽで遊ばないのぉ!」
これも、相変わらずな日常だね。