さて、待ちに待った土日だ。
かずこさんは、土日になると決まって、私にこう言う。
「今日は、どこへ行くんや?」
さて、今日はどこへ連れて行こうか。
そうだ!
「先週行った、銭湯へ行こうか?
ほら、敷地内に遊園地があるとこ、覚えてる?」
おはようございます。
以前行った遊園地には、ジェットコースターは無いが、大きな観覧車やメリーゴーランドはある。
そして、煌びやかな物が好きなかずこさんは、
着飾った馬が回るメリーゴーランドにクギ付けだった。
「えらい豪華な乗り物やなぁ。」
「乗ってみる?」
その時私は、かずこさんをメリーゴーランドに乗せてみたいと思った。
強気なくせに怖がりな人だが、今なら喜んで乗るような気がしたのだ。
今のかずこさんなら、「乗りたい!」と、はしゃぐ気がした。
しかし、この時あずこさんは乗らなかった。
「わしが乗ったら、振り回されて落っこちてまうわ~。」
最近、かずこさんは、興奮状態が収まらない。
息継ぎもそっちのけで、しゃべり続けている。
めちゃくちゃ怒ったり、めちゃくちゃ楽しそうだったり、
めちゃくちゃ嘆いたり、めちゃくちゃ強気になったりと、
とにかく、『めちゃくちゃ』が付く。
これが一日中、続く。
こんなことを何日も続けていても、かずこさんは疲れた様子を見せない。
けれど父や私は、そんなかずこさんに振り回されて、ヘトヘトになってきた。
例えるなら、
一日中ジェットコースターに乗ったまま、暗算をさせられるような疲労感だ。
メリーゴーランドの速度じゃない。
今のかずこさんは、まるでジェットコースターの勢いだ。
どうしたら、かずこさんが落ち着くのか?
それを考えながら、かずこの『めちゃくちゃジェットコースター』に乗っているから、
体と脳みそが疲れる。心身疲労ではなく、脳身疲労とでも呼ぼう。
ジェットコースターという乗り物は、到着地点と出発地点が同じなわけで、
ようやく落ち着いたかと思えば、またイチからめちゃくちゃ怒り、
それをなだめると、めちゃくちゃ笑い、ふと嘆き、それに負けじと強気になり
また怒りはじめる。
同じことを、ぐるぐる繰り返す。
昨日の朝、実家へ行った時かずこさんは、そのレールの『めちゃくちゃ嘆く』の位置にいた。
「もう、わしはダメや。ここには居れん。頭がおかしなってまった。」
私は思わず、
「母さん、苦しいよね。苦しんだよね。」
と呟きながら、母の背中を撫ぜていた。
元気そうに見えるが、かずこさんは苦しいのだ。
認知症は、苦しい病だ。
それに付き合う私も苦しい。
自分も苦しいから、ついうっかり、患者本人の苦しみを忘れてしまう。
けれど私は、この時『めちゃくちゃジェットコースター』の正体に、
今更ハッと思い出した。
ジェットコースターはかずこさんじゃない。
正体は、アルツハイマーなのだ。
かずこさんも、そのジェットコースターに乗せられている。
私と父だけじゃなく、母かずこもなのだと。
「母さんの頭ん中の悪いヤツがいかんのよ。
母さんがおかしくなったんじゃない。
頭ん中の悪いヤツが暴れているの。
私と父さんは、そいつと戦っているんだよ。
母さんとじゃない、母さんに悪さする、そいつと戦っているからね。
だから、大丈夫。母さんは出ていかんでいいの。」
私はそう言って、今度はかずこさんのおでこを撫ぜた。
すると、かずこさんは、静かに言った。
「うん・・・わかっとる。わかっとるんや。
ほんでも・・・これは難しいんや。どうにもならんのや。」
そうかもしれない。きっとそうだ。
「でもね、母さん・・・。」
私は、希望が持てる言葉を探した。
けれど、口から出た言葉は、
「じゃ、そいつと戦うために、まず入れ歯入れて、朝飯を食おう!」
だった。
ひどく他人事でお気楽な言葉に、ノリのいいかずこさんは乗ってきた。
「ほやな、いひひ。」
「ほやで~、いひひ。」
いつか、メリーゴーランドに乗ろう。
乗れる。
貴女なら、きっと乗れる。
私は、私が簡単に作った朝食を、
「これは、なんと美味いやろか」と幸せそうに食べる、かずこさんを見ながら、
必死で馬にしがみ付く、かずこさんの様を想像して、笑っていた。
しかし!
のん太は朝食を吐き戻して、こんな顔である!!
吐きながら、「キャー」って感じで走り回ったもんな。
部屋中、吐き散らかしたもんな。
かかぁも、君と同じような顔になっとるよ。
のん太「かかぁ、のん、かわいそうら」
凹んでんな~。
じゃあ、もう一回、ご飯食べようか?
のん太「たべりゅ!」
はい、乗ってきた~イヒヒ。