ぷっちゃん、白黒ちゃんの席巻で、
皆様に、ご心配、応援を頂き、
誠にありがとうございました。
おはようございます。
当の子猫達は、預かりボランティアさんのお家で、
すっかり落ち着いて、すくすく成長中だそうです。
2週間後にはワクチンを打って、里子へ旅立てるだろうとのことです。
さすが、素早い!
そんな我が家は、静けさを取り戻した。
子猫らが居たことで、もっとも疲れたのは、おたまだろう。
おたまは、決して器用な猫じゃない。
強い猫でもない。
そのくせ、縄張り意識の強い男だ。
今まで、おたまが出会った子猫は、ぷっちゃんらを入れて10匹になる。
毎度、怒って怖がって困惑して懸命に考えて、
で、どうにか現実を受け入れようと頑張って来た。
そんなおたまも、気付けば今年で10歳だ。
おたまが、まだ野良猫だった子猫時代、
私が見たのは、丘の上にいる母猫と兄妹猫らを見上げて、必死に叫ぶおたまだった。
どれだけ叫んでも、どういう訳か、母猫はおたまを迎えには来なかった。
草むらに居る、おたまを拾い上げた時、
丘の上の真っ白な兄妹らと違い、おたまは酷く汚れていた。
それでも腹がパンパンで、案外太っているなと思いきや、
獣医へ連れて行くと、腹の中は雑草と砂利で詰まっている状態だった。
「よしよし、いい子だね。いい子だよ。」
いくら撫ぜてやっても、小さなおたまは喜ぶ顔をしなかった。
いつも陰鬱な表情をした、なんとも可愛げのない子猫だった。
「大丈夫、子猫だもん。すぐ元気になる。」
獣医にもそう言われたが、おたまは一向に遊ぼうともしない。
撫ぜられて甘えることもせず、ただただ怒ってばかりだった。
私はすっかり困ってしまい、
「うちみたいに、多頭飼いじゃない方がいいのかもしれない。
この子にだけ愛情を向けてくれる人の方がいいのでは?」
と考え、里親募集をしてみた。
すると、
ドライフードも完全拒否で、大人し過ぎるが、
それに向きあってくれる里親さんも見つかった。
ところが、
お届け予定の3日前、おたまは体調を崩した。
謎の下痢だった。
「おかっぱさん、こういう時ってね。
無理に里親の所へ行かせない方がいいんだよ。」
知人にそう言われ、私は里親さんに平謝りして、
おたまを我が家へ残すことを決めた。
撫ぜても怒らなくなったのは2年掛かった。
ブラッシングを顔回りだけ許すようになったのが4年、
全身のブラッシングを許すようになったのは、今年だ。10年掛かった。
ドライフードを食べるようになったのは6年掛かったし、
たれ蔵やのん太を受け入れるのには、1年以上必要だった。
考えてみれば、そのくせ、
たれ蔵が病に倒れた時、おたまは誰よりもたれ蔵を心配した。
いつもは、他猫がちょっと病院へ連れて行くだけで、その匂いを気にして、
シャーシャー言うくせに、
病院の匂いをプンプン漂わせるたれ蔵に、一度も怒ったりはしなかった。
それどころか、体を舐めてやっていた。
考えてみれば、今回の子猫席巻でも、おたまは少し違っていた。
赤ちゃん猫でも、来れば大きく動揺していたおたまが、
ぷっちゃんのギャン泣きを心配する気配を見せた。
あれは意外だった。
まあ、白黒ちゃんがやって来て、ぷっちゃんのギャン泣きが治まったら、
遠慮なく、めちゃくちゃ怒っていたんだけどね。
おたま、お前っていい奴だな。