夜中に帰ってきた男は、
ちょうど、尿意を感じて起きた私に、
「今週の土曜日は、
感謝祭のため、午後から出勤します。」
と言った。
おはようございます。
感謝祭って、なんだよ?
どこの何の感謝祭だよ?
私は、それどころではなかった。
猪木は、怒り心頭だ。
どうやら私は、うっかり、猪木さん家の駐車場を自分の駐車場と間違えて
駐車してしまったようだ。
私はコンビニへ行こうと駐車場へ行き、その間違いにようやく気付き、戦慄が走った。
怒った猪木は、私の車にチェーンを巻き付け、さらに張り紙を貼った。
「車を動かしたければ、謝りに来い!」と。
私の車は、すっかり晒し者になっている。
謝りにいかねば・・・そう思いながら、夜中に尿意で目覚めたのだ。
これは夢だ。
猪木というのは、あの、闘魂の猪木さんだ。
けれど私は、慌てていた。
男に感謝祭の話をされても返事もせず、急いでまた眠りに就き、
そして、猪木さん家に謝りに行った。
すると猪木は、
「いや、ちょっとカーっとなっちまって、
いやぁ、おかっぱちゃん、これ食いな」
と照れ笑いをしたまま、私の口にチューブ式ショートケーキなるものを突っ込んだ。
猪木は、いくらなんでも、あれはやり過ぎたと我に返ったのだろう。
そして、チューブ式ショートケーキは思いのほか、美味かった。
朝になり、私は今、考え込んでいる。
我が家のおじさんの言う、「感謝祭」ってのは、現実なのだっけ?と。
どこまでが夢で、何が現実か、ちょっと分かりません。
かずこさんは、毎日こんな気持ちになるんだろうか。
昨日は、かずこさんの巨大病院での定期通院に付き添った。
その帰りにラーメン屋さんで、遅いランチを食べた。
初めて入ったラーメン屋だ。
かずこさんは、
「こんな美味いラーメン、初めてやぁ。」
と、とても嬉しそうだった。
私も、その姿を見て、嬉しくなった。
ところが、店を出て5分程度経った車内で、かずこさんは、
「うどんでも食ってから、帰ろか?」
と言うではないか。
「今さっき、ラーメン食べたよ。」
そう言うと、かずこさんは困惑した表情を浮かべた。
あんなに喜んで、ラーメンを残さず食べたのに、
かずこさんは、あの感激をもう忘れていた。
けれど、口元にはラーメン汁の油分が残っていて、腹は膨れている。
慎重に思い出そうと試みて、遠くの方でぼんやりとでも、
何か見えたのだろうか?
かずこさんは、
「ほうだったか?よう分らん」
と、けろっと笑った。
でも私は、思わず泣きそうになった。
私は、私の見ている現実は正しいのか、
ふと考える時がある。
何事も、見る目によって事実は幾通りにも見え方は違う。
自分の目に映る現実なんて、あるようで無いに等しい。
流れ流され、地元に戻ってきたことも、
これで正しかったのかを、決めるのは自分だ。
ただ、少なくとも、
ここで暮らしていなければ、あやには出会っていない。
私が暮らす、この古いマンションの横に流れる小川に落ちていた猫は、
ここで暮らしていなければ拾えなかったんだから。
よし!
これで良かったんだ。
ねえ、あやさん?
あや「なんで、あたし、拘束されてんの?」
いや、拘束って言わないで~。
あや「だって、あたし、抱っこしてって言ってないし」
だよね、だよね~。
男子には極めて厳しい、恐ろしいあやさんは、
実は、こんな理不尽な時だって、
あ~やちゃん!
と呼ぶと、
あや「だからなぁに、おばちゃん?」
と、お返事してくれる、とても気の良い猫なのである。