タフな時間をすごしている。
焦っているのだろう。ブログを書く気にさえならない。
私が愛してやまない生徒達は、日本での就職を希望して、夢をもって日本語の勉強をしている。でも、このご時世にそれは非常に難しい。
この先どうなっていくのだろうか・・・と、生徒達の焦りや精神的な辛さが、痛いほど伝わってくる。日本語を学ぶモチベーションなんて、持てという方が無理な気さえしている。それでも、精神的に強く、自分の感情をコントロールし勉強に打ち込んでいる生徒もいる。ごく少数だが・・・。
私は強い精神力を持ち合わせず、生徒達の心の動揺におろおろとし、いっしょになって辛くなってしまう。不安なんだろうな・・・。生徒達とは放課後も離れがたく、場所を学校から他に移し、ずっと会話の練習をしたり、いっしょにゲームをしたりする。講師であり一週間に二日の担当曜日しかないから、できることではある。毎日となるとどうだろうか・・・。
先生サッカーがしたい。 と、以前から言われてはいた。でも、なかなかサッカーができる場所がない。場所があったとしても、自前で試合をするほどのメンバーはいない。追い詰められていく生徒達をみていて、スポーツをしてみようと決心する。
ふと、次男がお世話になった、若いコーチのことを思いだす。ランニングの最中に。なんでも、ひらめきはランニングとともにある。ありがとう、セロトニン。
躊躇している暇はない。電話をすると、コーチはすんなり、あっさりと連れてきてくださいと、おっしゃってくださる。嬉々として、生徒達とフットサル場に向かう。フットサルはサッカーのミニバン。競技人口は増えているらしい。
若いコーチは、あの頃より大人になられ、それでもあの頃と同じ笑顔で、今度は息子ではなく、生徒達を迎えてくださる。
生徒たちは日本人のメンバーに混ぜてもらって、チームを作り、無難に自己紹介もこなしている。いざ、試合が始まると、なんとも上手で驚く。審判をしながら試合の様子を見ているコーチから私に、おいでおいでのサイン。
呼び方って呼び捨てにしていいんですか?
すいません。ちょっとわかりません。国民性がありますからねえ・・・。
から会話が始まり、試合を見ながら、生徒たちのこと、今はUSの大学でサッカーを続けている息子のその後のこと、など・・・たくさん話がはずむ。
考えてみれば、コーチとこんなに話をしたことはなかった。コーチとは、息子をどういう風に見ているのだろうか・・・そんな観点でしか、付き合えていなかった。こちらは緊張し、ことばは出てこなかった。会話なんてしたことがあっただろうか・・。
あの頃からは思いすらよばない、人間的なコーチの姿がそこにあるではない!!
なあんだ、息子が居ないサッカーってちょっと楽しいなあ~と、思う。
生徒達のさわやかな笑顔と、やさしく親切に私たちを受け入れてくださった、日本人のメンバーの皆さんと、コーチの笑顔が心にしみた一日となった。
生徒を送って我が家に着いたのは、夜の10時半を回っていた。外はみぞれが降っていた。私は100日プロジェクトの24日目で、走ることを続けることができなかった。
仕方ない、また始めればいい。本当に暖かな出会いに感謝した一日だったから。
そうそう・・・日本語お上手ですね~という、皆さんからのお褒めのおことばに対し・・生徒たちの出る幕を作らず・・・
彼らが日本語が上手なのは、彼らの努力では全くなく、すべて先生がいいのです~と、綾小路風に言って、はははは・・・さわやかな笑いを取りました。