なんてたくさんの種類の粉があるのだろう・・・・から、始った料理の勉強会。面白いなあと思うのは、違った国で違った名前を持ってはいるが、同じような料理があること。お好み焼き、チジミ、Banh Xeo(バインセオ)、クレープ、・・・・。粉と野菜を組み合わせて、焼いて作る。そういう意味では、トルティアも含まれるかも。
パイ生地をもっと薄くして、ぱりぱりっとした、Filloというものを最近知った。http://www.cooks.com/rec/search/0,1-0,fillo,FF.html
これは、簡単に手に入り、料理もいたって簡単。中に入れるフィリングで、様々にアレンジができるようだ。
同じように不思議だなあと感じていたのが、音楽。
ヨーヨーマの率いる、シルクロードアンサンブルを聴きにいった時も、どこか聴いたことがあるような懐かしさ、ちょっと似ていて、でも違っている、その地域の(国は歴史のある時点で違ってくるから・・・)民族音楽を、どこの地域の人たちも作り上げている。お祭りのお囃子も含めて考えて、音楽を作ってこなかった地域、民族があるだろうか。グレゴリオ聖歌が最古の音楽だと聞いたことがあるが、音符にならなかった音楽がきっとまだあったような気もする。
要は、人間って同じような営みをしてきたのだなあ・・・と。生きていくうえで必要なものだからなのか、人間という動物が同じような思考をするものなのか。
そうしてみると、横田さんご夫妻がこれでもかと痛めつけられる姿に胸が痛まぬ人たちが居るのが不思議だ。そんなに複雑で分りづらいことをおっしゃってはいないだろう。シンプルで当然のことだ。それを必死で人生の多くの時間を費やして説得する必要があるということに悲しくなる。
念を継いでここまできてしまった。