年頭に家計簿を作る。
最初は雑誌の付録家計簿、次はパソコンで作った家計簿、今は、ノートに線を引き、自分で作っている。月の集計はエクセルに入れて、比較して見られるようにもしている。
今時、ノートに線を引いて家計簿を作る人もないだろうが、自分家に必要な科目と出来合いのものがうまく合致していない。また、カード決済やら面倒なこともできてきたので、締めをいつに持ってくるかもある。
そして、最大の要因は、どうもパソコンにちゃちゃっと打ち込んでいると、現実味がなく、ああ~お金が出て行く~みたいな実感が薄くなっていくような気がするからでもある。
ところが、この家計簿の使い方がまったくなっていない。目的からしてなっていない。本来は家計を見直すものであるはずなのに、私の場合は、だから無いの・・・と、いういい訳にしか使っていない。だから、将来設計などは、夢の夢、どうでもなれ!という、どんぶり勘定でしかない。どんぶりからは貯蓄は生まれないだろうと思う。
さらに、どんぶりとは面白い表現で、私の家計簿はまったくどんぶりのイメージと一致する。一月、年頭を底だと考えると、最初はきちんと締まっている。数字もきっちり、字までも美しい。ところが年末12月になると、末広がりで、締りがない。あきれ返るけどこれが私の現実だ。まったくどんぶり。
こちらに来て面白いことに気づいた。アメリカでは、結構週給が多いらしい。私の友人などは、給料をもらう曜日に買出しに行き、他の日には買い物をしないようだ。とても計画的にしている。
同じ年の息子をもつ友人は、子供の大学費用に関しても計画的で、出さないと決めたら出さない。相当優秀な息子でも、親は無理はしない。(私の友人のだけかも・・・・)
出せる金額を子供に提示し、そこにどれだけの奨学金を自分で稼いでくるかで、その子供のいける大学が決まるし、実は誰よりも子供たち自身がそれを自覚している。
私も前のクラスのエッセイで、一度唖然としたことがあった。
課題は、あなたが高校一年生のカウンセラーになったつもりで、今の社会問題をかみしながら、彼らに向けたアドバイスを書け というものだった。
私は、あなたの理想と現実とはなかなか一致しないだろうけど、夢をもって勉強をするようにと書いた。最後には、チャップリンの映画 ライムライトから、人生を恐れてはいけない 人生に必要な物は勇気と 想像力と 少々のお金だ を、引用し結構いい出来だとも思っていた。ところが、模範解答を聞かされて声も出なかった。ショックで。
その模範とされたエッセイは、高校生に、将来の目的、大学の具体的なコースを選択させる前に、大学で掛かる費用についての情報を教えることからスタートしたのだ。そっか。ここでは、高校生は自分で費用のことをかんがえるのか・・・・。そういえば、早期教育で投資を経験させる話を聞いたことがある。文化、意識の違いを強く感じた。
横道にそれてしまったが、今年は少し目的をもって、家計簿をつけてみようと考えている。まずは、年頭だから・・・・。