あれ。ぶりって高級魚じゃなかった?
私はお魚にうといので、よくわからないのだけど、お正月のおせちに母がぶりの照り焼きを作ってくれていたので
私もお正月にぶりの照り焼きを作っていました。おかしなもんで、お正月に食べる物は、これは神聖なる高級食品と思いきや・・・・そうでもないのよね。
ただ、ぶりってこんなに安かった?って、いう価格で、今は売られています。それも近海もの。(うとくても養殖と、近海の理解はできている!(^^)!)
ということで、オットベンには、これでもかというくらいのぶりが入っています。\(^o^)/
ちなみに、ワタシベンに入っているのは、さつま揚げ。でも、ぶりより、さつま揚げの方が高かったような(^_^;)
今日もお弁当は夫弁のみ。
仕事に行くのですが、今日の仕事場はご飯を食べるスペースがないのです。
考えてみれば、お弁当を食べる必要がないと考えられているのかもしれないです。(^_^;) 公的な機関なんですけどね。(^_^;)(^_^;)
お昼を過ごす場所、休める場所、そんなところにも、働く人の対する福利厚生なんだけど。ね。(^_^;)(^_^;)(^_^;)
最近、「うつ」という言葉が、うつ病として定着してきた。
昔は、「うつ」といえば、いい言葉ではないが、打つ であったように思うのですが・・。打つ 買う とかのあれです。
仕事がらみにの「うつ」に関していえば、はやり早期発見が一番だと思うのです。
では、早期発見するためにはどうしたらいいか・・「いつもと違う様子」に気づくことなのだそうです。
じゃあどうやって気付ばいいのか・・・私は朝の掃除を提案したいのです。
昔・・朝、職場に行けば、皆が顔をあげていました。「おはようございます」「おはよう」という挨拶があり、机の上を拭いている人もいたり、とにかく全員が仕事に入る準備をしていていました。
今はどうか・・・パソコンの画面をみながらメールのチェックをしていますよね。画面に目が落ちているから、「人の顔を見ない挨拶」が横行しています。本来、人の顔をみない挨拶ってあり?
朝、どんな顔をしているか・・・嬉しそうな顔、もしかして落ち込んでいる顔? 顔が腫れているとか・・あら、寝不足か? そんな、やりとりが、気づきに繋がるような気がするのです。
会社のお金を使って、上司がセミナ―に出て、部下の様子に気づく・・ そんなことなのかな?。さりげない、ことなんだよね。もっと。
通勤時にいつも感心する「すご技」がある。
どの電車にも、ひとりやふたり熟睡をしている人がいる。朝はいびきまでかくひとは見たことはないが・・。
今朝も、若い女性が熟睡している。頭を揺らしてこっくりこっくりではなく、頭の位置も居心地ようさそうに、熟睡している。
ミニスカートをはいて、足を広げて、全く~( ̄▽ ̄) と思う。自分では自分の様相は見えないから、幸せだ。
この人、いったいどこまでいくんだろう・・・。キット起きれないに違いない と確信すらさせるような、熟睡の仕方だ。
電車は仙台駅についた。人が降車始めると、突然彼女は眼を覚ました。そして、何事もなかったように、降車していった。
まったく不思議です。どうやって気が付いたのだろう。
もしかしたら、ニュートリノ的な存在がいるのかもしれない。解明すれば、ノーベル賞かも\(^o^)/。
今朝、通勤電車であったこと。
私は始発駅から乗るために、ホームに並ぶ。ドアが開き、いつもの通り、これと決めた席だけを見て、進み座る。ここで、目移りしていると、席はなくなってしまう。コツは、これと決めた席から目を離さないこと。何回も席に座れなかったことがある、そこから得た教訓。
今日も自分の席が決まり、前をみると、空席があるのに、男性がうろうろと他を見ている。何してるのかな・・・と、思ったとき、「こっち、こっち」と声をかけている。声の先を男性と同じように見ると、席が取れなくてドアのところに立っている女性が見えた。たぶん奥さんなんだと思う。彼女は、声をかけられたことを恨みに思っているかの形相で、男性をにらみつけている。
あんな目、ちょっと見たことが無いような目だった。
彼女は迷惑そうな顔をして、男性が指示した席に座った。とても、高級そうなバッグをもち、靴もきれいに磨かれている。お金持ちみたいだ。そして、目は相変わらずどこまでもきつい。憎しみであんな目をするのか・・・・。
彼女はとても痩せている。もしかしたら、病気なのではないかと思った。座っていてもすぐに目を閉じ、体を休めているような感じがした。辛い抗がん剤と戦っているのかもしれないと、直感的に思ったりもした。
男性は、彼女の前に立ち、本を読んでいる。会話がない夫婦なのかもしれないと思った。だって「ありがとう」の一言もなかったから。
世の中、誰が見ているかもしれない。ね。
実は、もう2週間も前になるだろうか・・・・
もらった、モロッコいんげんの種を植えた。それは、それは立派な緑のカーテンになるだろうことを予想して、ネットを屋根まで張り巡らせて、そのちょうど下の所に植えた。ネットのコストは2000円くらいだったかな~(*_*)
それなのに、待てど、暮らせど、芽がでない。いえ、正確にいうと15粒植えて、1本の苗がでている。たったの1本。
いくらなんでもおかしいと思って、掘り返してみると、なんと種がないのだ。どう探してみてもない。
鳥が食べたんだろうか・・・・でも、土にその形跡はない。
不思議でしょうがない。緑のカーテンは、どうなるんだ・・・。屋根まで張り巡らせたネットに、たった1本のモロッコインゲンが絡んでいるカーテンってどんなんだ。
仕方がないので、いんげんの種をもらって植えた。こちらはあるだけ植えたので、超過密になった。緑のカーテンが緞帳のようなカーテンになったりして・・・・・
それにしても、夏の野菜は楽しみだ。絹サヤもかわいらしくぶら下がっている。
今日は、絹サヤの炒め物にしようと思う。
9月になった。年度の後半になった。
そこに飛び込んできたニュースは、若い友達の死去だった。 それも、一週間前に彼が主催してくれた飲み会があり、となりの席で肩を叩き合った。その友人が亡くなってしまった。
年齢は40歳 奥さんと子供さん 10歳と3歳 がある。
彼とは一年間の日本語教師養成講座で知り合った。7月入学の私はイレギュラー入学。彼とその他のメンバー30人くらいは4月からの入学だった。4月からの人たちの人間関係がまとまってきた、そんな時に私は入学した。
人見知りの私は出来上がっている人間関係の中に自分の居場所を見つけるのが大の苦手。 彼は大人の講座の中で、まるで自分からクラス委員を買って出たように、クラスをとりまとめようとしていた。
飲み会を企画し、試験を受ける仲間たちに、合格祈願の鉛筆を配った。日本語教師になるには、とにかくたくさんの教科を習得する必要がある。文化的背景から、歴史の問題、言語学から音声学。日本語文法も国文法ではなく、スタンダードに外国人も学べる「やさしい日本語」からアプローチできるようになっている。したがって、講義を受ける先生方も三人であれこれと掛け持ちをされていた。
その先生方のラスト講義には、彼が音頭をとり、お花を送り、全員で写真をとった。
訃報はあまりに突然で、どう考えていいのか・・・・。ただ、彼は無念だっただろうと思う。
日本語教師になって、奥さんや子供さんと海外に行こうと思っていたのかもしれない。とにかく、彼の夢は途中で打ち切りになってしまった。
母が亡くなった13年前、父は、「人は必ず死ぬ。順番さえ間違っていなければ、それは幸せなこと」と、泣きじゃくる私に言い聞かせた。
今は順番がむちゃくちゃになってはいないのか・・・。
家族葬という葬儀に集まれるクラスの仲間で出向いた。通夜のあと「、のこっって話をしていってください 供養ですから 」といわれる。
御親戚の方々とご一緒に席に着かせて頂いた。故人のお母様が、自ら名乗られ、私たちのもとに来てくださった。私たちは、彼がクラスでどれだけ活躍してくれたか、どんなに素敵な人だったかをたくさんお母様に伝えようとした。
息子の話を聞くお母様はとても嬉しそうにされていた。
喪主の奥さまは、ただ、あちこちと席の間を行き来し、色々な対応を一人でこなされていた。
こんなことがあるのだろうか・・・彼は天国へ行くのだろうか。気持ちが残って成仏できるだろうか。
現実を受け止めながらも、気持ちは沈んでしまう。
以前のこと。
ある人から、逆説を使わずに話してごらん と言われたことがある。
つまり、私は逆説を多用して会話をしていると・・・気になったのだろう。自分がどんな接続詞を使って会話しているのか意識したことはなかった。
同じことを言うのでも、反対の意見を言うのでも、逆説を使わないで言えるんだよ と教えられた。
意識してみると、確かに私は、でも、 だけど が多い。
そのことを、最近思い出していた。
心地よい会話をする人 は、きっと逆説を使っていない。
緊急病院として、日曜に見てもらった獣医さんが請求した金額は 67000円なり。
誰だって耳を疑う。そんな金額聞いたこともない。
明細はある。注射、レントゲン、血液検査・・・等々。
これがあなたの愛犬の命を救った値段です。命の値段なんだから、まさか払えないなんてことはないよね~と、いわれているようだった。
お金をはらって帰ると・・・・家人から、金銭感覚のない、あなたの仕業だ のような発言が待っていた。迂闊にも顛末を話した義母からは、息子の授業料が払えないからといって、お金を返してもらえといわれる。
支払い能力に合わせて、治療費が請求されているとおもっているのか・・・。まったく、私の方がアタマガヘンニナル。
帰ってきたルルを、まずきれいに洗ってあげて・・・・。ルル子関連グッズの洗濯をし・・・と、一日立ち働き、家人からの料金に対する、怒りのベクトルの矛先ともなる・・・・ヤッテラレナイ。