新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

諸外国との交渉術

2017-07-03 15:57:20 | コラム
外国との交渉の際には怖めず臆せず議論すること:

嘗て私のメル友の方々の間で「外国に対する理解度」が論じられたことがあったので、あらためて私が経験した下記のようなエピソードを紹介することから入って論じていこう。何分にもEUとの交渉が妥結せず、アメリカはTPPから離脱してFTAに移行するなどと言い出しているようなので。

私がアメリカの会社に転身するきっかけを作ったのが、1969年に偶然な事情で懇談した初対面のUKの大手製紙会社の日本代表者で日系カナダ人のGN氏だった。N氏は業界では誰知らぬ者なき有名人だったのだが、国内の市場の担当だった私には「変な外人」のような印象しかなかった。N氏は関西訛りを残した流暢な日本語で話し、尚且つ古き良き日本の伝統と文化を忘れてない人だった。

そのN氏が「貴方に相応しい転進先」として強烈に推薦され結果的に転進することになったのが、アメリカの大手製紙会社M社だった。そのM社の日本の代表者がHM氏だった。同氏は日本の大手紙パルプメーカーからM社に転進されていた同じく有名人だった。M氏はアメリカに留学されたMBAでその高い英語力でも有名だった。

私の転職後にこの両氏と3人で会食した際にM氏が「私もアメリカ人とのつき合いが長くなり、最近ではアメリカ人とは何かの70%は解ってきました。だが、未だに残る30%は謎として残っています」と語られた。N氏は軽く受け流しただけで特に何も言わなかった。だが、帰リの車の中で「Mさんもあんなことを言っているようでは・・・。あの比率は反対だろう。この俺だってカナダ人もイギリス人もアメリカ人についても解っているのは精々30%や」と言ったのだった。

私にとっては非常に興味深いこの二人の「外国に対する理解度」の挿話だった。私はM氏から「アメリカとは何か」以外に、我が国との文化の違い等を短期間に多く学ぶ機会を与えられた。N氏は私の人生の師と言って良いほどの人物で、英語による外国人との意思疎通の方法等々、本当に多くのことを教えて貰った。その二人の権威者の間でも、それほど外国に対する理解度についての見解が違うのが印象的だった。因みに、誠に残念ながらお二方とも既に故人なのだ。

私は以前から「私自身のアメリカの文化と思考体系の違いの理解というか認識度を数字で表せば、精々20%程度だ」と言ってきた。その20%に達するまでに10年以上を要した。即ち、両国の文化と思考体系の間には深刻な違いがあると知り得るまでにはそれほどの年数を要したのだった。社内ではその状態を「まるで凸凹道を歩いているようなもので、あっちでぶつかり、こっちで転んでいるようなものだった」と表現していた。その凸凹道を何とかして平坦な舗装道路にせねばと思いつき「日米企業社会における文化と思考体系の違い論」を何とか纏めてプレゼンテーションを始めたのは、W社に転身後の1990年だった。

社内では「最低限、私がと言うことを理解して違いを認識して日本に出張してくれば、何でこうなるのかと戸惑うことなどなくなると知れ」と言い続けてきた。

そういう文化と思考体系の違いに加えて日米間の貿易の歴史を正しく学んでおけば、トランプ大統領のようにアメリカの対日貿易赤字の原因が日本側にあるかのような、世迷い言が出てくるはずがないのだ。これから先に始まるのだろうFTAの交渉でも、先ずは「怖めず臆せずに、自国にとって最善の条件となるような主張をすべきである」から入っていくべきだ。

更に、我が国から反論すべき所を遠慮して沈黙でもしていれば、アメリカ側は「自分たちの主張が正しく、日本側には反論の余地もないらしい」と図に乗ってくるのは必定である。ここでも言えることは「論争と対立を恐れてはならない」というアメリカとの交渉の際の鉄則があるのだ。

あーあ、自民党

2017-07-03 07:16:22 | コラム
7月3日になって言っても仕方がないが:

森友学園、加計文書騒動、野党とマスコミが言うテロ等準備罪(共謀罪)の強行採決、豊田真由子議員騒動、稲田防衛大臣の失言等々がなくても、私の閃きでは「都民のこれまでに見せてきた投票の傾向では、自民党の前記のようなオウンゴールにも似た失態がなくとも、都民ファーストの会の大躍進は大いにあり得るだろう」と出ていた。だが、あれほどの自民党の惨敗は夢にも思っていなかった。

今頃になって言っても仕方がないが、私は選挙の予測は控えるべきと思っているので、全く触れてこなかった。

昨日は猛暑を避ける意味でも未だそれほど暑くなっていない午前中に徒歩数分の投票所に出向いたが、予想以上の大人数が押しかけていた。だが、午後3時過ぎに「もう暑くあるまい」と高をくくって買い物に出たがとても耐えられる暑さではなく、目的を達しないままに早々に引き上げたほどの厳しさだった。最早投票所に向かっている人は見かけなかった。それでも投票率が高かったということは、それだけ都民の意識が高く、小池都知事支持派が多かったのかななどと考えている。

小池さんは都議会の改革を声高く言われ続けているが、私は戦前の小石川区を含め、社宅の調布市の1年間を含めて東京に通算40年近く住んでいる。だが、都議会が何か都民(市民だった時期もあったが)としての生活に関係することを議決して下さったという印象は極めて希薄だ。また、都知事にしても都民として経済的に大いに潤うと感謝した取り決めをされたという感覚はない。石原君にしたって、シルバーパスを2万円超に値上げし損害を与えられた記憶しかない。

昨日の結果が国政に対して如何に(悪)影響を及ぼすかの議論が既に始まっているようだ。私には未だそこまでに思いを致すほどの余裕はない。だが、小池都知事になってから何か日常生活で「小池さん、感謝します」と言いたいような善政はなかったと思う。また、都議会の暗黒だの暗闇などと言うが、40年鑑も東京に暮らして都議会が何か生活を楽にしてくれたという記憶もとんでもないことを決めたという恨みもない。よく考えれば、都から出た国会議員たちが何らかの有難味がある働きをしたのかも全く解らないのだが。

何の為に彼らを選んでいるのだろう。今回の選挙期間中にここ新宿区百人町の一角に街宣車が来たのは希で、本当に静かな選挙戦だった。候補者を載せた広報が来たのだって投票の2日前だった。

下村都連会長はマスコミと野党が協力して仕立て上げ連日強調した自民党としての不祥事は、国政の問題で都議会議員選挙には無関係であると言われた。だが、あれほど連日のように「はげー」だの「豊田真由子様に」と流し続ければ、都民の投票行動というか選択に影響しなかったはずはないだろう。そこに稲田防衛大臣の発言で言わばダメ押しとなったと思う。

つい先日「指導者の心構え」を論じて気の緩みを窘めたばかりだったが、それどころではない大逆風が吹き荒んだようだった。小池さん自身が都民ファーストの会にはリベラル派もいると認めておられたが、この50人を超える集団がこれから先どのようにして都民を”first”にすべく振る舞ってくれるのかを、大きな期待を持たずに待つ他ないと思っている。何分にも、私が選んでいなくとも、彼らを選んだ都民の1人だったのだから。