新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

3月3日 その2 Patrick Harlan君について

2019-03-03 15:32:11 | コラム
パッ君とやらのことです:

先日、畏メル友O氏がTBSの報道1930だったかに出演したパトリック・ハーランが、余り意味のないコメントをしていたと指摘されました。仰せの通りで、あの報道番組に金曜日にゲスト出演すると紹介されるハーラン君は、私も大した意味もない存在だと思っております。彼はハーバード大学出身だということで、マスコミは貴重な存在のように扱っていますが、私は日本語が上手いという以外にはさして評価する材料がないと思っています。そこで、今回初めてWikipediaに頼って彼を調べてみました。


すると、彼はハーバードの4年制を卒業した「比較宗教学」を専攻した人だったと判明しました。その専攻が余り役に立たないと知って、日本に来てお定まりの英語教師をしていたそうです。それが「パッ君マッ君」というコンビを組んでから当たり出して、遂には政治や経済や国際情勢などについても報道機関にも登場して語るコメンテーターの地位を築き上げたようです。しかし、私は彼の言うこと何度聞いても、“流石にハーバード出身でimpressiveだ”と感動した事はありませんでした。

だが、我が国のマスコミ界には良くある事で、外国人でしかも器用に日本語を操る者を重用する傾向があります。ハーラン君以外ではかのデーブ・スペクター氏(Dave Spector)が際だった存在かと思います。私はこれまでに何度も「日本に職を求めてというか、受け入れられて活動の場を探しに来る連中の多くは、本国では食い詰め者である」と指摘してきました。しかも、ハーラン君のようにハーバード出身とあれば持て囃されるのも当然かと思います。なお、余計な事かも知れませんが、インターネット上では、ハーラン君のユダヤ人説が流されています。

私は彼のハーバード大学卒という学歴は軽視してはならないと認識しています。それは、東京にもハーバードクラブという組織があってハーバード出身者や短期オースに学んだ日本人も会員になっています。その人脈は恐るべきものがあります。例えば、W社ジャパンの社長だったF氏は私の中・高の同期生で三井物産の乗務のK君と知っていると言うので、何処で知り合ったのかと尋ねれば「ハーバードクラブで」という答えが返ってきました。なるほど、その人脈は凄いのだなと認識した次第。

我が友YM氏はオバマ大統領の就任式に招待されて「やー、暫く」と肩を叩かれたのがブッシュ(子供)政権の財務長官だったヘンリー・ポールソン氏だったそうで。それは彼がハーバードのビジネススクール在学中に同じ“Fraternity”(=社交クラブ)に所属する間柄だったからだそうです。嘗て初めて来日されたアメリカ人と車で東京大学の前を通った時に日本に駐在してた者が「日本のハーバードだ」と紹介寸したのが印象的でした。即ち、当時の東大のようにアメリカの政治・経済・官僚の世界に圧倒的に多くの人材を送り込んでいるこのクラブに属していれば、ハーラン君はもっと傾聴すべき「有意義な情報」を提供できてもおかしくないと思いますが。

ここまでの私の論調では、如何にもハーラン君やスペクター氏を批判しているようですが、私の真意はそこにはありません。指摘したかったことは「何時まで経ってもどういう出自というか経歴の外国人かも確かようともせずに、外国人を有り難がっているマスコミ、それもテレビ局の白人崇拝の情けなさを指摘したかった」のです。それに加えて、日本語が上手い外国人を重用するのならば「何故、我が国にの英語教育では英語で自分の思うところを自由自在に表現できないのは何処かに欠陥がるのでは」くらいは声を大にして言うべきだと言いたいのです。


もうトランプ対金正恩会談の話題から離れようと思って

2019-03-03 10:30:31 | コラム
Jリーグのサッカーを観戦:

偽らざるところを言えば、サッカー出身者としてはあるまじき事だが、Jリーグのサッカーの試合の中継を最初から最後まで見ることは殆どない。理由はと言えば「余りのバックス間でのパス回しの時間が長く、仮令攻めても責任逃れのパス回しばかりで自分でやってやろうという気骨がある者が少ないこと、それに決定力不足というかシュートが下手だし思い切って蹴っていく意欲を見せる事が滅多になく、迫力もスリルにも欠けているか」である。だが、お断りしておくが、これは「技術的水準が低い」と言っているのではないのだ・

昨2日は、ほぼ偶然に世界では自他共に許す強豪で高い技術を見せていた元スペイン代表が3人も出る試合があると知ったので、「それならば拝見しよう」という気になった次第だ。それはイニエスタと新規に参加したヴィジャを擁するヴィッセル神戸対フェルナンド・トーレスが新たに加入したサガン鳥栖の試合だった。だが、ここでもJリーグに申し訳ないことを言うと「大した期待は持っていなかった」のだった。その根拠をこれから縷々述べていこう。

先ずは「これほど時間が経っていなかい試合は珍しい」と思わせてくれたのには些か失望した。即ち、解説者が屡々言うように緊張感があって激しく責め合う試合では前半の45分などはアッという間に過ぎてしまうものだ。私が「もうそろそろ前半が終わるか」と思って画面の経過時間の表示を見れば20分だったのにはゲンナリだった。それほど間延びがしたというか緊張感がなかったということ。

サッカーは言うまでもない11人が人テイームとなっている団体競技である。ヴィッセル神戸のオウナーであらせられる三木谷氏は金に糸目をつけずに「スペイン代表を加えれば優勝も可能か」と思われたのだろう。そういうご意向でテイームの補強を図られたのだとお察ししている。だが、現実は経験上も言えることで、悲しいかなJリーグが達成した技術水準にあれば、1人や2人の外国の名選手を加えても、既存のリーグないの上位テイームを蹴散らすことにはならなかったのである。

それは、私が嘗て「全日本代表のスターであり中心選手の中田英寿君の悲劇は周りの10人(あるいは9人か)が中田英寿ではなかったことだ」と評したことがあった。それは、他の者どもは凡庸で中田が出すパスの意図を読み切れなかったし、彼が欧州のリーグで蹴っていたような高速のパスを受けることも、巧みにトラッピングすることも叶わず、何ら効果的な攻撃の態勢を構築できなかったことをを指して言ったことだ。

昨日の試合にも中田君の場合と同じ事が言えたと思って見ていた。イニエスタの上手さなどをここで述べる必要はないだろうが、彼はどう見ても点取り屋ではなく、絶妙なパスを出して攻める形を築く挙げていくプレーヤーのようである。従って、ヴェッセルの日本人選手は何をさて措いてもイニエスタにボールを預けることに専念しているかのようだった。しかし、預けるのは結構だが、その後で自分から動いてすぺーずに走り込んで、絶好の形を作ろうとする動きが余り出来ていなかった。即ち、残る9人がイニエスタの水準に合わせるところまでには至っていないという極めて簡単な欠陥を露呈しただけだった。

ヴィジャがどれほど上手いのかくらいは私も心得て見てはいた。だが、彼がその実力というか決定力を活かせそうな絶妙なパスを出せる者がイニエスタを除いてはヴィッセル神戸にはいなかったのだ。その為にヴィジャが良い形でシュートが出来た場面はブラジルから新規に加入したサイドバックから出たデイフェンスの裏を取った縦パスの1度きりだった。そのシュートもバーに当たってしまった。

サガン鳥栖のトーレスも同じような境遇にあり、鳥栖には彼を活かすだけの攻めの形を創り上げる中心選手が不在だった。これも「1人だけでは・・・」と言う無理筋を証明したに過ぎなかった。トーレスは非常に良く動き、本来は前にいるべきポジションにいながら、度々下がっては懸命にデイフェンスをしていた。だが、それでは何の為に元スペイン代表を招いた意味ないのだ。何れにせよ、テイーム全体の底上げが必要(カタカナ語ならば「レベルアップ」か)が鳥栖の急務だろう。

ヴィッセル神戸もサガン鳥栖もスペイン人の監督を頂いているのだから、如何にして元スペイン代表の実力を活かすか工夫すべきだろうとは思う。それと同時にあれほど容易に気安くバックス間のパス交換をしたり、縦に入ってきたパスを発信元に即座に綺麗に蹴り返してしまう消極性や、ピッチ全体を広く使って直ぐにGKにバックウオードパスを蹴っている安全第一としか思えない消極性の解消も急務だと思う。もっと積極的に「自分でやってやろう」という貪欲さを見せて欲しい。

あの状態では、これから先に何人モドスペイン代表を招請しても事態は変わらないと思う。即ち、Jリーグのサッカーのデイフェンス力はイニエスタやヴィジャに単独では突破させない実力をつけているのだと読むべきだ。強いて言えば、「イニエスタをして走らせるようなパスを出せる者を育てよ」ということ。