新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

我が国とアメリカの外交交渉に思う

2019-03-07 08:42:49 | コラム
二の矢、三の矢を用意して事に当たれば:

昨日採り上げた「我が国の外交交渉に思う」の中で迂闊にもこれから述べていこうと思う重要な点が抜けていたのだった。それは

<私が難しいことであり困ったことだと思ったのは「多くの日本人社員は得意先の意向を十分に聞き入れ、それに基づいて上司乃至は会社に提言するべきだと考えている者が多い」点でした。こういう日本式勤務態度は評価されないのです。そこで、日本人社員の圧倒的多数は会社側の意向というか命令に忠実になって、得意先が言うことに聞く耳持たずという姿勢を採らざるを得ないのです。即ち、「我が社の意向を受け入れるか否かを明確にせよ」と迫らざるを得なくなります。この辺りを如何にこなして得意先との信頼関係を築き上げるかが非常に難しいのです。>

と述べておきながら、そこから先の具体例を挙げて説明をしていなかったのだ。それは「アメリカ側の日本人社員は会社乃至は上司の命ずる通りの内容で押し切らねばならない」のだから、日本側は屡々議論の余地が全くない一方的な交渉を強いられて、その要求を受け入れるしか選択肢がない場合があるのだ。このような姿勢は高飛車であるとか強引過ぎると嫌われれ、日本人社員は「当事者能力を持たされていないお使い奴でしかない」との批判を浴びていたのだった。

だが、既に指摘したように、このように会社側の意向を完璧に受け入れさせてくる社員こそが、アメリカ側というか本社では最も高く評価されるのである。別な見方をすれば「得意先の反論や反対意見等を聞き入れ、それを会社側に伝える社員は低い評価に甘んじなければならない」のである。この点ではある大手メーカーでは絶対と言って良いほど得意先の主張に耳を傾けない日本側で悪名高い日本人マネージャーが、アメリカ本社では最優秀の社員であり「彼を見習え」という指令さえ出ていたと聞く。

この辺りを「日本とアメリカの企業社会における文化の違い」という点から考察すると、アメリかでは会社から給与を得ている以上「会社の意向通りに客先を納得させてこそ雇った価値があるのだ」という思考体系であり、客先の意見などを受け入れるなとなっている場合が多いのだ。「客先の意見を聞かずしてどうする」という疑問点もあるだろうが、彼らは自社の意向を決定するまでにはそれなりの市場調査を、各社独自の方法で十分に行った上での決定であるとの自信を持っているのだ。念の為お断りしておくが、W社の我が事業部ではかかる強硬な姿勢で日本市場には臨んでいなかった。

私は上記のアメリカ本社で最高の評価を受けている「嫌われ者で、客先の主張を一切受けない」との悪評が高い人物と打ち解けて語り合ったことがあった。意外だったのは「彼はサメザメと泣きを入れて、あのような強硬な態度に出ているのは私の本心からでもないし、私はそういう悪者ではない」と述懐したことだった。そして、彼は一旦落ち着いてから淡々と回顧したのだった。

彼の言い分は「そのように会社と上司の命令に忠実に従うことが自分の職と身分の安全(job security)を保証するものである以上、不本意ながら悪役を務め、客先での評判が最悪であると承知している。だが、私はそんな評判や嫌われ者であろうと、自らの地位を守っていただけだ。だが、悪評を聞かされるのは極めて辛いことだった」というものだった。私は見事なもので、そうすることで職どころか収入まで確保している大した人物だと思って拝聴していた。余談だが、彼は長身で白面の貴公子然としていて、全く悪役という感じを与えない穏やかな紳士だった。

ここまでで強調したかったことは「アメリカ側は常に自社にとって最善の結果となるような主張をしてくるものであって、先ず譲歩するという選択肢はない」であるのだ。であれば、アメリカとの厳しい交渉をする際には、その点を頭の中に入れて臨むべきなのだ。だが、彼らは譲歩するという選択はしないが、自社の主張を強行して玉砕してしまうことは考えていない場合がある。それが私が繰り返して指摘して来た”Contingency plan“という第2乃至は第3の矢を用意してくるという意味だ。

最後にこの contingency plan の実例を挙げておこう。我が事業部が5%だったかの値上げを打ち出したことがあった。勿論、全得意先は「そうですか」とは聞き入れなかった。ある大手得意先はそのお断り交渉にアメリカの本部にまで部長自らが乗り込んでこられた。我が副社長と私が事前に打ち合わせたことは「先ずは受け入れて頂く以外はない」という姿勢を崩さないことだった。それでは決裂は見えていたし、問題が大きくなるのは明らかだった。

そこで、副社長が用意した2の矢であるplanは「値上げは見送ることは渋々受け入れて、その見返りに現在までにご購入頂いていなかったグレードを採用して頂きたい事と、値上げを見送る代わりに値上げ幅分に相当するかそれ以上当社から買い増して頂きたい」と提案することだった。但し、交渉の席上ではアッサリと値上げ見送りを受け入れずに真剣な議論を十分に重ねてから妥結するという形は採っていたのだった。

アメリカとの交渉の場合には彼らがcontingency planを用意して臨んでくるのである以上、日本側も二重・三重の代案を用意しての粘り強く折衝する必要があると思っている。かなり昔の経験であるが、何かのご参考になればと、敢えて披露した次第だ。