新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

塩害

2018-10-15 14:05:53 | コラム
懐かしい響き「塩害」:

近頃のマスコミ報道には「塩害」の被害がしきりに出てくる。その昔と言っても昭和37年まで藤沢市の鵠沼海岸の付近に住んでいた我が家族は、実は「塩害」に結構悩まされていたのだった。それは、昭和20年代だったかと記憶するが、我が国にもテレビ、とは言っても勿論モノクロだが、普及し始めた頃のことだった。当時はアンテナを高くしなければ綺麗に受像できなかったので、どうやって上げたか記憶はないが、庭に屋根よりも高いアンテナを立てていた。

ところが、鵠沼海岸まで15分は歩かねばならない距離にあった我が家の庭に立てたアンテナは、屡々何処からどうやって飛んでくるのかも解らない塩が付着してテレビが映らなくなってしまうのだった。そうなると大変で、長い竹竿の先に水道のホースを縛り付けて「そら行くぞ」とアンテナ目がけて放水するのである。

それはここに書いているほど簡単な作業ではなく、気をつけていないと竹竿を持っている自分自身に水が降りかかってくるし、竹竿を巧みにコントロールしない限り塩を洗い落とすのに長い時間がかかってしまうのだった。しかも水を強くかけるとアンテナの方角が変わってしまって画面が乱れるので、その調整にも苦労させられたものだった。

竿を持ちながら「映っているか」と確認するのも簡単な作業ではなかった記憶がある。最早記憶は不鮮明だが、こういうアンテナの洗浄の作業をしょっちゅうやらされていたものだった。当時はあれほど遠い、とは言っても我が家まで2 kmもなかったと思う海岸から、何故どうやって塩があの高さまで飛んでくるのかと不思議に思っていた。

僅かそれくらいの距離でも塩害があったのだから、台風が20何号も襲来すれば方々で海岸から遠く離れた地域にも塩害が生じているのも特に不思議でもないなと思いながら、ニュースに接していた。今となっては60年以上も昔の「塩害」の物語である。




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