あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」
メディアは騒いでいるけれど、
1960年代にあった前衛芸術の「千円札裁判」とかの模倣にしか見えなくて
今更やってもね。。。
僕なんかが行っていた、
各地の公園や美術館での単独交渉によるインスタレーションは
不可能と思える計画の問題点を一つずつ丁寧に解決し
許可を得て実現してゆく手法なので
真逆の立ち位置になるので
正直、主催者の対応に稚拙さ感じるし
今後僕の様なタイプの作家活動をする者にとっては
迷惑な話です。
これも随分、昔の話になりますが
広島市の上空で行ったインスタレーションなんかも
同様に感じてます。
「謝るぐらいなら最初っからやるな!!」
*
しかし、やってしまった者は仕方が無いのでね
主催者、担当者各位がどのようなアフターケアーを用意できるか
本当の真価を語るのはそれからかもしれません。
僕ならこれを機に逆手に取って
最高のチャンスに変えてしまうことを考えますが
(既にいくつかアイデアはあります)
彼らが残りの会期中に何ができるか
ただの凡人で終わってしまうのか
それだけの才能が現れる事を期待して
「中止」ではなく「注視」したいと思います。