杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

生酛造りの生酛的撮影

2009-09-11 07:15:23 | 吟醸王国しずおか

 昨日(10日)は久しぶりに『吟醸王国しずおか』の撮影。藤枝市の杉井酒造で、早くも山廃本醸造の酒母(酛=もと)造りが始まったのです。

 

 

 杉井酒造では社長の杉井均乃介さんが杜氏を務めるようになってから、自分の右腕となってくれる職人を正社員としてきちんと雇用し、育てようという観点から、年間を通して仕込み蔵の稼働率を上げ、雇用を守る体制をとっています。南部杜氏がいたころは杜氏が蔵入りする10月中旬から本格的に稼働していた蔵も、今では夏場に焼酎やみりん造りで、日本酒醸造も9月から始まり、ほぼ一年間フル稼働するようになりました。

 

 

Dsc_0006  今年は95日に酛造り1本目がスタートし、今日で2本目。昔ながらの生酛(きもと)系の酒母造りは、乳酸菌を自然発酵させるため、完成まで約1か月要します。

 この酒母は、10月初旬に完成し、もろみに仕込みます。上槽(搾り)するのは11月中旬。既製の乳酸菌を添加する一般的な速醸(そくじょう)系の酒よりも、1ヶ月近く余分にかかる計算です。その、余分にかかる1ヶ月分の作業を前倒しして9月に持ってきたというわけ。生酛系の酒が全体の8割以上を占める杉井酒造では、9月に生酛・山廃酛を集中して造り、作業の効率化を図っています。

 

 

 「ちょっと前まで、10月から酒造りを始めると聞いただけで“まだ暑いのに大変だろうなぁ”と人ごとみたいに思っていました」と笑う杉井さん。酒母室を冷蔵化したり製氷機を導入したおかげで、生酛系の作業に必要な8℃前後の環境を9月でも設定できるようになりました。もともと温暖で冬場もそんなに気温が下がらない静岡では、酒の高品質化には必要不可欠との判断でいち早く冷蔵設備を導入し、結果として良質の吟醸酒を安定生産できるようになったわけですが、吟醸酒だけでなく、杉井さんのようにひと昔前の生酛系の酒にも挑戦する蔵元に、それを主力にする自信をもたらしたのです。

 

 今は、10月~11月でも、20℃を越える日が珍しくなくなってきています。地球温暖化は、酒造りにも大きな影響を与えているようです。もともと温かい静岡は、その点、危機管理が早かった、ともいえますね。

 

 

 

 

Dsc_0020  ひと昔の前の、生酛や山廃酛の造り方は、ベテランの杜氏や醸造研究所の専門家でも慣れた人はいません。指導してくれる人がいない状態で、杉井さんは、教科書を見ながらあれこれ試行錯誤したそうです。私もさっそく家に帰って、日本醸造協会発行の『酒造講本』をひもといてみました。速醸系(普通速醸酛)は仕込み温度は20℃で、日数は1216日。使う水は米100kgに対して105115?と若干多めです。一方、生酛系は仕込み温度8℃で、日数は2530日、水は95105?と若干少なめ。温度を8℃にしなければならないので氷水を使います。

 

 

 生酛系の大きな特徴は、蒸米・麹・水を半切り(小型の桶)に入れて、数時間おきに櫂で摺りつぶしながら自然に乳酸を生成させます。この櫂入れ作業がかなりの重労働で、昔は“酛摺り唄”を歌いながら時間とリズムをとっていました。

 

 

 

 「生酛系が一般的だった明治時代までは、米の精米歩合が90%ぐらいだったから、よく摺らないと米が糖化せず、乳酸もできない。半切りをいくつも並べ、少量ずつ小分けにし、早く摺れるようにしたそうです。今は米も70%以下まで磨くので、昔ほどムキになって櫂を入れる必要はなくなったようですよ」と杉井さん。この日も半切り1個に全量を入れていました。

Dsc_0017  ・・・とはいえ、若い蔵人が2人がかりで必死になって櫂入れするのを見ていると、これを数時間おきにやるのはしんどいだろうなぁと思えてきます。「若い衆にまかせっきり」と涼しい顔をしていた杉井さんを、「映画では社長が主役なんだから」とせっついて、無理やり櫂入れをやってもらいました(ここだけヤラセです(笑))。ちなみに、このしんどい酛摺り作業を山卸しと言い、山廃(山卸し廃止)とはこの酛摺り作業を簡素化した造り方です。

 

 

 

 仕込んだばかりの酛を味見させてもらうと、ほんのり麹の甘みがします。隣の小さなタンクの、5日前に仕込んだ酛は、甘みと酸味が強くなっていました。…映像では味や香りが伝わりませんが、カメラマンの成岡さんと助手の鈴木さんは、酛の表情の微妙な違いをていねいに撮ることで、味や香りを想像させる画にしたいと、時間をかけて念入りに撮っていました。

 

Dsc_0015  

 

 

 

 以前、山本起也監督に、「酒は見た目はただの透明の水だからなぁ(=画にするのは難しい)」と言われたことをふと思い出しました。確かにグラスやぐい飲みに注がれた酒は、映像的には面白くも何ともないでしょう。

 

 

 

 しかし米の一粒一粒が、透明の液体に変わっていくまでの過程を、こうしてていねいに追って行くことで、映像から酒の味が伝わってくる、ただの液体じゃないんだと実感できる…そんな撮り方を目指そうと成岡さんは助手に言い聞かせていました。「ずいぶん手間をかけて撮るんですね」と様子うかがいしていた杉井さんも「なるほど」と納得したよう。

 『吟醸王国しずおか』の造り方は、まぎれもなく、速醸系ではなく生酛系だなと実感したのでした。