11日(金)~12日(土)と水戸市で開催された『関東圏ニュービジネス協議会会員交流会』に参加しました。ニュービジネス協議会という団体は関東地区に11団体あって、経産省管轄の組織なので静岡県ニュービジネス協議会も関東圏に含まれます。
静岡からは、鴇田勝彦会長(TOKAI副社長)、秋山雅弘副会長(アルモニコス社長)、西村晴道中部部会長(西村建築設計事務所社長)、西村寿子さん(同専務)、末永和代専務理事と事務局の渡邊さん、そして私の計7名が代表で行ってきました。
私はこの団体の広報誌を20年近く担当していて、全国で開かれる交流会やシンポジウムも数多く出席しましたが、基調講演の講師を務めるのは話題の企業の社長さんとか経済評論家や学者の方など、経済畑の専門家がほとんどでした。
ところが今回の講師は、あの、防衛省前航空幕僚長の田母神俊雄さん。この人とニュービジネスに何の関連があるのかピンと来ませんが、幕僚長を更迭され、退官した後、テレビのコメンテーターや講演会で引っ張りだこになり、著書も多数出版して話題になっているところを見ると、この人の思想や発言に共感する国民も少なくないんですよね。主催者の「政権交代というこの歴史的転換期に、日本という国を見つめ直す意味で傾聴に値する方」という紹介に、なるほどと思いました。
約1時間半の講演で、日本とアジアを取り巻く近現代史のポイントを、年代や人名も的確に、ものすごい記憶力で理路整然と語る田母神さん。…下手な大学教授や歴史家の講義よりずっと聴きやすく、講演で食べていけるだけのスキルを持った人なんだ…!というのが第一印象でした。史料をよく読んで分析し、本や論文をご自分できちんと書いている証拠ですね。
歴史好きといっても私の場合、明治以降の近現代史は教科書程度の知識しかなく、テレビや映画などの映像作品から受けるイメージに洗脳されている部分もあります。とくに日本の軍部が暴走し、中国や朝鮮半島やアジア諸国を侵略し、植民地にして乱暴狼藉を働いて、欧米から“懲らしめられた”という構図を教え込まれたこと。自分がもし子どもに歴史を教える教師の立場だったらやりにくいだろうとつくづく思います…。
それでも、この年齢になって歴史の見方に多少の幅が持てるようになり、メディアの情報が“都合よく加工されている”現場を知ったりすると、あぁ、今までの報道や教育って、100%鵜呑みにしていいんだろうかと考えさせられます。
田母神さんのお話で印象に残ったのは―
19~20世紀にかけ、西欧列強が弱小国に行った植民地政策と、日本がアジアでとった植民地政策は違っていて、たとえば帝国大学は、東京・京都・東北・九州・北海道・京城(ソウル)・台北・大阪・名古屋の順に設立した。大阪や名古屋よりも早く、ソウルと台北に高等教育機関を設けていたなんて知りませんでした。
朝鮮人も日本の士官学校に入り、日本軍の幹部となり、中には天皇から勲章を与えられた者もいた。朝鮮王族は日本の宮家から妻をめとった。中国清王朝のラストエンペラー溥儀の弟も確か日本の皇女を迎えたんですよね。相手国の王家の血筋というものを、それなりに尊重し、教育をほどこし、投資もしようとしていた。占領政策の一環とはいえ、イギリス、フランス、ロシアあたりの政策とは違うわけです。イギリス王室が王女をインドに嫁がせるなんてあり得ないでしょう。
第2次大戦が終結し、アメリカ占領軍は民間検閲局というところで6500人のスタッフを使って、日本のメディア統制を図った。新聞社や出版社に「あの戦争はやむを得なかった」とか「東京大空襲や広島長崎の原爆投下はあきらかに民間人の犠牲を承知していた作戦で国際法違反である」とか「戦勝国が一方的に裁く東京裁判も国際法に違反している」なんて書かせないためで、6500人中5100人が日本人のアルバイトだった。彼らは、日本の銀行の頭取が年収2万円ぐらいだった時代、3万円もの高賃金で雇われていて、自分の仕事のことを一切口外しない条件だった。朝日新聞が鳩山一郎氏の「東京大空襲と原爆投下は国際法違反」の発言を記事にしたときは、2日間発行停止処分を受けた…。
日本人が自虐的になってしまうのは、戦争を自らの手で総括できない状態に置かれた、こんなペン狩りみたいな時代があったせいかも…。ライターなのにこういう史実を知らずにいたことを少し恥ずかしく思いました。
1時間半、息もつかせぬ勢いで、次々と近現代史の知られざるエピソードを語りつくした田母神さんですが、どうとらえるかは人によって違うと思います。講演終了後には「思いっきり右翼の話だったよなぁ」と感想を漏らす参加者もいました。
今の私には田母神さんのお話を客観的に分析判断するスキルがないので、この日の話も“鵜呑みにせず”、とりあえずは関係史書をいろいろと読んで比較してから、自分なりの解釈をしてみたいと思います。
ニュービジネスとは、やっぱりあんまり関係なかったかもしれませんが、知的刺激を大いに受けた講演会でした。
この後、分科会で、2010年3月に開港する茨城空港の概要を聞きました。航空自衛隊百里基地の民間活用で、羽田と成田の補完的空港という性格上、静岡空港とはあまり比較にならない話でしたが、決まっている就航路線がアシアナ航空のソウル路線と聞いて、日本の地方空港を一つ一つ攻めていく韓国の航空政策のしたたかさを改めて実感しました。
末永専務から「静岡空港のことについて聞かれたら静岡代表できちんと報告して。真弓さん、空港は取材でいろいろ知っているでしょ」と言われ、ドギマギしましたが、茨城県の空港担当者とJTB水戸支店長のプレゼンで時間オーバーしてしまい、発言時間なし。少しは静岡空港の宣伝もしてやろうと思ったのに肩透かしで終わってしまいました…(苦笑)。