前回の記事で杉井酒造さんが手掛けた焼酎のことを紹介したところ、「とどのいも子」で検索する人だけが異様に増え、何かあるのかなぁと思ったら、今朝(17日)の静岡新聞朝刊24面に、とどのいも子の原料の芋を栽培する社会福祉法人ピロスさんのことがカラーでデカデカ掲載されていました。
私自身はピロスさんのことも、とどのいも子のことも直接詳しくは知らなかったので(知らずに紹介してしまったことに多少の罪悪感もあったので)、とてもラッキーだったのと、杉井酒造さんの地道な取り組みや、福祉現場で汗を流す人々の苦労にこうしてスポットが当たることが無性に嬉しかった。やっぱり新聞の情報発信力はハンパじゃないですからね。フリーライターの私的日記ブログなんぞ足のツメの垢にも及びません。
・・・ただこういうニュースの発信に多少なりとも関われたことは、とても幸せだなと思います。ふだんコピーライターとして企業や団体の広告制作に携わっていると、クリエイティブなものを要求されるのに(下請ゆえに)大きな機械の部品の一つにすぎず、その“機械”が結局どんな効果を生み、消費者にこちらが意図したメッセージが届いているのかどうかもわからず終いだからです。結局自分は一匹狼なので、大きな組織に対峙し部品として飲みこまれるよりも、相手の顔や考えがよくわかる対象―どちらかというとその人も組織に組み込まれるより、一匹狼で世間とバトルしながらも渡り合う、そんな相手と向き合っているほうが性に合うようです。
杉井さんやピロスさんがそうだというわけではありませんが、世間が関心を持たない、関心があってもなかなか行動に起こせない領域で一生懸命努力する人々を応援したい、と改めて思いました。
一昨日(15日)は安東米店さんが主催するカミアカリドリーム勉強会に参加しました。
カミアカリというのはご存知の方も多いと思いますが、喜久醉松下米でおなじみ藤枝市の稲作農家松下明弘さんが開発した玄米食専用巨大胚芽米です。詳しいことは安東米店さんのホームページをご覧いただくとして、カミアカリは現在、静岡藤枝の松下さん、栃木奥久慈の大久保さん、福島会津の菅井さんの3名が栽培に取り組み、来年から山形湯沢の斎藤さんが加わります。
“変人”松下明弘が作った稲だけに、誰もが簡単に作れる品種じゃないだろうことは素人にも想像できますが、それ以上に、農の本質に真正面から対峙した米作り職人たちの思いがなければカミアカリは育たない。・・・まるで稲が作り手を選ぶような米のようです。
日本の農業は食糧増産の時代、米ならコシヒカリ、お茶ならヤブキタ、りんごは紅玉、なしは二十世紀というように代表的な推奨品種をみんなこぞって作って、栽培技術の向上や大量流通の仕組みを築いてきました。それはそれで時代が必要とした農の在り方だったと思います。
今は量から質へとニーズが変わり、アルコールの世界だって日本酒しかなかった時代から、多種多様な酒が流通する時代になり、今や日本酒の消費シェアは1割以下。そんな小市場になってしまった中で、大手銘柄一辺倒ではなく全国の多種多様な地酒がしのぎを削り合っています。杉井さんのように、地域の小さなニーズにもきめ細かく対応する“御用聞き”のような酒蔵も現れました。小市場には小市場なりの知恵や創意工夫が必要なわけです。
酒造家よりも危機感が薄い?と思われる農家の中にも、海外経験のある人や、異業種から参入してきた人には、“みんなこぞっておんなじやり方”に違和感を覚え、独自の取り組みを始めた人が現れ始めました。
15日の勉強会のゲスト講師・平野正俊さんは、まさにそのパイオニアのお一人。掛川市でキウイフルーツカントリーJAPANという世界に通じる体験学習農園と、キウイ新品種を続々と生み出す創造農業を実践される方です。過去、何度となく取材でお世話になった平野さんと松下さんが一緒に語り合うということで、締切過ぎの原稿をほったらかして、はせ参じたのでした。
「僕は小学生のころから近所では有名な“行方不明児”で、ロビンソンクルーソーに憧れ、未知の土地を一人で放浪してきた。高知の桂浜に辿り着いたとき、坂本龍馬に倣って“これからは世界だ”と決心してアメリカで2年農業修行をした」と楽しそうに語る平野さん。
父の茶園の一部を潰してキウイ栽培を始め、30歳の時に父をがんで亡くした後は収入源の茶畑を売り払ってしまい、周囲から呆れられたという話は、松下さんも(同じく若いころやんちゃで、30代で両親を病気で亡くしただけに)大いに共鳴したようで、「昔からこの人に会いたいと思っていたし、いつか会えると思っていた。想像通りの人だった」と感無量の顔でした。
平野さんは日本で初めてキウイの本格栽培に成功しただけでなく、現在80 種余の品種を手掛けています。キウイの既存種はもともと68種ほどだったそうですから、新たにオリジナル品種を創り出しているわけです。
素人なのでよくわかりませんが、新しい品種を創り出すのは個人農家にとっては大きなリスクと時間を要する大変な作業だと思います。でも品種を一から生み出すことによって、つまりマニュアルなしで土の育て方や肥料の作り方や蒔き方や生育経過や摘果時期など、試行錯誤を繰り返すことによって、はじめて農の本質というものを会得した…!と実感できたのではないでしょうか。この実感を持った農家と持たない農家では、おのずと生き方も変わってくるのではないかしら。
先週のニュービジネス大賞選考表彰式でスポットが当たった技術系起業家たちの活動も素晴らしいと思いますが、人間の生命にかかわる食料というものを担う農業の領域で、既存の常識から抜け出し、しかも目新しいものに飛びつくだけの浮付いたやり方ではなく農の本質にしっかり根ざした仕事をしている人々や、そういう人々を下支えする安東米店のような商業者が、しかるべき評価をされる社会であってほしいと思いました。彼らは他人から評価されようがされまいが関係なく己の信じた道を進むでしょうけど…。
平野さんは30数年前、アメリカで修業していたころ、「日本では勉強しないと百姓ぐらいにしかなれないと教育されるのに、アメリカではプロスポーツ選手や校長先生だった人が“いつかは自分の農場を持ちたい”という夢を持つほど、農業はあこがれの職業、カッコいい仕事だった。自信と誇りを持って主体的に農業に取り組む人は、自分にとって農業とは何かをしっかり考えている」ことに気付いたそうです。
農業もそうだし、酒造業もそうでしょう。私ならば書くこととは何だろうか。…考え、悩み、それで終わらずちゃんと実践する人間でありたいと、大いに刺激をもらった勉強会でした。安東米店の長坂さん、素敵な学び&気付きの機会をくださってありがとうございました。