このところ、忙しさにかまけてまったく本を読んでいなかったのですが、先月末、思わぬ方から丁寧なお手紙と本が送られてきて、一気に読破しました。読破といっても句集なので速読できちゃったんですが、送り主は亡き永谷正治先生(元国税庁醸造試験所鑑定官室長、山田錦研究家)の奥さま敏子さん。
一昨年、大阪で開かれた先生を偲ぶ会でごあいさつをしたきりで、その後ご自身も体調を崩されたりご家族の介護があったりで「会葬のお礼が大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした」と手書きでご丁寧にしたためてありました。同封してあったのは、永谷先生が業界紙『醸界タイムス』に連載していたコラムの文庫本『花酒~お酒がおいしくなる唄』です。
同じタイトルの文庫本を、生前、永谷先生からいただいたので、あら、ダブリかしらと思ったら、奥さまがくださったのは先生が亡くなった後に発行された続編でした。
生前の永谷先生は、酒米の圃場を調査するときは厳しい眼なのに、平素はとても洒脱な方で、俳句を読むのもお好きで、私に“駿河健女”とニックネームをつけて冷やかされたものでした。
『花酒』は、先生自作の唄と古今東西の酒にまつわる都都逸や詩句に、シャレたコメントを付けてまとめられた本です。例えば―
お酒の杜氏は盲で聾 みるのもきくのも口でする
~杜氏、酒造技師、社長さんらが自らをこのように表現します。お酒を検(み)る、きくなど目も耳も使わず直ちに口へ持っていきますからね。我々も見よう見まねで口を活用します。ベートーベン先生なら耳が聞こえなくても楽譜を読めば心に音楽が鳴り響いたことでしょうが、我々凡人にはダメ。味覚をご大切に。
・・・なんて、さすが現場を知ってるプロらしい名句。かと思えば、
酒飲みは 奴豆腐にさも似たり はじめ四角で あとはぐずぐず
~酒席スナワチコレ道場、宴席スナワチコレ戦場、などと言っては後輩をしごく酒品の悪い先輩が、昔は沢山いましたなあ。こんな輩に限って始まる頃は神妙なんですよ。あとで皆様お楽しみの座をブチ壊すけどね。他人のことも言うてはおれん。わしも最近はすっかり崩れましてな、麻婆豆腐にでもして貰わんでは再利用の途がない。
・・・なんて、さすがの酒歴がしのばれる句も。しずおか地酒研究会発足間もないころ、先生が静岡に来てくださって、山田錦生産者の松下明弘さんやら安東米店の長坂さんやら静岡新聞の平野さんやらと朝までドンチャン騒いだ夜もあったっけ。
もう少し私も酒歴を重ねたら、先生に俳句の弟子入りでもしようかと思っていたのですが、願い叶わず、でした。
永谷先生といい、故・栗田覚一郎さん(元静岡県酒造組合専務理事)といい、私の酒の師匠は、飲み手と造り手の気持ちに通じる粋な歌詠みでもあり、ライターの私が酒の世界に入りやすくしてくれた方々でもありました。
『花酒~お酒がおいしくなる唄』(各525円)は醸界タイムス社から発行されています。興味のある方は直接お問い合わせを。サイトはこちら。電話06-6450-0570