年の瀬というのにあんまり寒くありませんね。酒造りや農産物の取材が多いと、「あんまり暑くない夏」「寒くない冬」というのが無性に気になります。
今月に入ってから、JA静岡経済連の情報誌『スマイル』の取材が始まりました。今回の特集はいちご。前回はガーベラ、前々回はお茶だったから、久々のくいもん系にワクワクしてます!
静岡のいちごといえば、ついこないだまでは『あきひめ』で、最近では『紅ほっぺ』。いつのまに“政権交代”しちゃったの~?と不思議に思う人も多いでしょう。3年前のスマイルいちご特集で、紅ほっぺの生みの親・竹内隆先生(静岡県農業試験場生物工学部主任研究員=当時)を取材し、まとめた拙文の一部を再掲しますね。
◎いちごのブランド競争
いちごというのは野菜や果物の中でも、とりわけ品種の知名度がモノを言う世界。ブランド化に成功した品種は全国津々浦々に浸透しますが、新しい品種を作るというのは大変な労力と時間がかかります。一般の企業ではなかなか手が出せず、大半が公的研究機関で行っています。静岡県農業試験場の竹内氏も新品種の育成に18年間携わり、100を超える品種を試作。「紅ほっぺ」を生み出すまでには7~8年の歳月を費やしました。「あきひめ」の萩原章弘さんのように個人農家が育成に成功したのは全国でも非常に珍しい例です。
静岡県は石垣いちごの伝統を持つ日本でも有数のいちご産地で、萩原さんのような優秀な生産者を多く輩出しています。しかしながら現在のいちご生産量は全国5位。東京や大阪などの大消費地では、栃木の「ときおとめ」、福岡の「あまおう」といった品種が主流となっています。
福岡県は、静岡県の2倍の生産規模を持ち、数の上では太刀打ちできません。その上「あきひめ」は果肉が軟らかく、つぶれやすいため、県内消費が中心でした。京浜市場の関係者からは、甘みが強く酸味が少ないあきひめの味について、「酸味を嫌う子どもにはいいが、いちごらしい甘酸っぱさに欠ける」という声も聞かれました。
そこで、あきひめの弱点である果肉質と酸味をカバーし、なおかつ、あきひめの強みである“作りやすさ・形のよさ・色の美しさ”を活かした新品種を目指し、1994年2月、さちのか(果肉が硬く、味も濃厚)を花粉親に、あきひめを種子親にして交配することからスタート。数年間の試行錯誤を経て、99年3月、「紅ほっぺ」という名称で品種登録申請を行いました。
紅ほっぺを静岡いちごとしてブランド化させるのに最も大切なのは、栽培技術を合わせて考えることです。せっかくいい品種ができても、限られた条件下でしか作れないものなら普及・ブランド化は望めません。あきひめが県内で一気に普及した要因の一つは、生産者が作りやすい品種だったからでした。そしてあまりにも、あきひめ一辺倒になってしまったため、他の品種に取り組む生産者がなかなか現れませんでした。
竹内氏が新しい品種を作る時、意識したのは、「自分がいちご農家だったら作りたくなるか?」「これを作って生計が成り立つか?」「自分が店頭で買うか?」でした。いちごは好き嫌いの少ない万人に愛される果物です。豊富なビタミンCを手軽に摂取できるなど、栄養食としても優れています。「消費者に喜ばれるいちごが、作る人にとっても喜びを与える農産物になってほしいし、そうあるべきだと思う」と竹内氏は言います。
紅ほっぺは、あきひめの作りやすさ、さちのかの食味・肉質を受け継いだ“優等生”ですが、炭そ病、うどんこ病など、両親(あきひめ・さちのか)が苦手な病気にやはり弱く、硬さは両親の中間で、実の重量にバラツキが出やすいという欠点も残りました。
しかし、竹内氏が手掛けた100以上の品種の中で、最も栽培管理がしやすい品種であることは間違いないそうです。欠点を十分に補えるだけの多収性や良食味性があることを、県内のいちご生産者や指導者に理解してもらい、技術の改良改善に努めてもらいました。そして、紅ほっぺの苗を県とJA経済連の契約によって各JA組合員に配布し、2007年度は全体の5割、翌年以降はさらにシェア拡大を目指して生産されています。(文・鈴木真弓 JA静岡経済連情報誌『スマイル』2007年1月発行号より)
・・・といった経緯のとおり、紅ほっぺは、生産者の都合(作りやすい、多収性など)ではなく、市場の声を重視して作られた品種。実際、あきひめから紅ほっぺに切り替えたばかりの頃の農家は「あきひめより量が採れない」「体形がふぞろいでパックに詰めにくい」という不満もあったそうですが、東京市場では「こんなに味のいいいちごは他にはない」「甘み・酸味・コクの3拍子そろい、色も形も申し分ない」と絶賛され、評価もうなぎのぼり。今では静岡県内で作られるいちごの約8割が紅ほっぺになりました。
7日(月)に取材にうかがった人気スイーツショップ『ナチュレナチュール』のシェフパティシエ吉田守秀さんも、「甘味だけじゃなく、キレも酸味もあって、ケーキの中に入れても飾りでも使いやすい」「ヨーロッパのフルーツは原種的で昔風のインパクトのある味が多く、向こうで修業した菓子職人は、フルーツに主張ある味を求める。その意味でも、紅ほっぺは菓子に向く。あきひめはケーキで使うには、ちょっ と味がぼけてる感じかなぁ」と評価していました。(吉田さんには、ナチュレナチュール特製「紅ほっぺのタルト」の作り方を手とり足とり教えてもらいましたので、スマイル(10年1月発行号)をお楽しみに!)
東京への出荷量は、静岡県が束になっても、栃木県の一農協分ぐらいしかなかったそうですが、東京での知名度も少しずつ上がり、今では、市場価格は「あまおう」に次いで2番目の高評価だそうです。
今日(10日)、取材にうかがったJA遠州夢咲いちご委員会の松下一夫委員長は「市場が求める品質と量に、きちんと応えることが最も重要」と力を込めま す。価格で評価されるというのは、生産者にとって最大のご褒美でしょう。この地区の紅ほっぺの流通先は、県外7割、県内3割だそうで、静岡のトップクラスの酒と同じだな~と感心してしまいました。
「夏場は涼しかったので、一番気を使う苗づくりの時期、病気が少なく助かったが、冬場こうも暖かいと、いちごの体力には負担になる。1月中~下旬の一番寒い時期に最盛期を迎える晩品種だからね」と松下さん。
酒米の山田錦も、8月下旬に出穂、10月中旬に収穫の晩品種で、夏場の気温や台風被害に左右される米。日照不足だった今年は、収量が心配されましたが、まぁまぁなんとか例年並みに収まったようです。
加工用米と生食いちごを同列にしちゃいけませんが、紅ほっぺも静岡吟醸も、ふるさと自慢の農産加工品であり、自然の営みをコントロールする難しさと、市場でブランド化する難しさには相通じるものもありそうです。
そういえば、以前、東京の食のコーディネーターの先生が、「あきひめは静岡酵母の酒に合う」と言っていたのを聞き、去年、SBS学苑沼津に呼ばれたとき、あきひめを吟醸酒で、紅ほっぺを純米酒で味わう実験をしましたっけ!いちごと新酒はおんなじ時期に市場を騒がせますので、ぜひお試しあれ。