年賀状の印刷をやっと発注し終わり、年末年始のこの1週間は年始開け締切の原稿執筆と、仕事場の掃除や整理であっという間に終わってしまう予感・・・。とりあえずデスク周りから片付けようとボチボチ始めたら、書類の下から未読の本が6冊も出てきました。ここ半年ぐらい、仕事に必要な本を除けば、まともに1冊読破した本がなかったな~と反省しきりです。今まで読書に充てていた時間をブログ書きに費やしているせいです(苦笑)。
書類の山から発掘した未読本とは、司馬遼太郎の『空海の風景(上・下)』、山折哲雄の『空海の企て』、外山滋比古の『思考の整理学』、奥田頼春さんの『農の塾』、長井満喜広さんの『沈黙のピアノ』の6冊。
空海モノに凝ったのは京都の東寺を久しぶりに訪ねて密教思想のイロハをちゃんと勉強しようと思ったからでしたが、急ぐ話でもないので越年決定。『思考の~』は、本屋の店員さんが考えたというキャッチコピー〈もっと若い時に読んでいれば…そう思わずにはいられませんでした〉が秀逸だったから。コピーライターとして、巧いな~と唸った本(の帯)でした。これも急いで読まなきゃならんというジャンルではないので、仕事カバンに入れて携帯しとこうと思います。
急いで読まなきゃならないのは2冊。いずれも著者から直接送っていただいた本です。
『農の塾』の著者奥田頼春さんは元県庁職員で、農政部在籍時代の1993年から県庁職員有志で『農の風景』という機関誌を自費発行されていました。同誌の歴代編集長は奥田さんはじめ、川島安一さん、堀川知廣さん、石戸安伸さんら県農政のプロパーが務め、私はそれぞれの皆さんに取材等でお世話になった経験から、定期購読させてもらってます。
寄稿者は県職員の方が多いようですが、業務とは別に「語りたい」「伝えたい」思いをお持ちの皆さんだけに、血が通った、熱のある記事になっているんですね。仕事でいただく行政資料文書とはエライ違いです(笑)。
『農の塾』は、そんなイキのいい記事の中から、奥田さんがご自身の原稿をまとめられた一冊。93年から09年までの記事なので、この間の農を取り巻く環境の変化が読み取れて、まとめて読むと非常に興味深い。
印象的だったのは最後のページの「静岡県農業の現状をみると、お茶に特化しすぎたことによって、産業の競争力が低下してしまった」という一文。現役時代には発言できなかった勇気ある言葉だろうと思います。
私自身、今月手掛けたばかりの県広報誌の仕事で、静岡県の農産物は品目数が日本一だと知りました。野菜は日本で作られる品目92のうち79(85.9%)で全国2位、果樹は全国130品目のうち58(44.6%)で全国3位。花とその他作物(茶や米など)は全国12位で、トータルでみれば、全国生産品目263のうち、167品目(63.5%)で堂々1位なんですね。
でも「静岡県の農産物は?」と聞かれると、お茶かみかんぐらいしかイメージされない。お茶とみかんしか作れない県なら仕方ないけど、日本一豊富な品種が作れるのに、あまりにも特定の品目に偏り過ぎていたんだなぁ~って、こういう数字をみるとよくわかります。
もう1冊、『沈黙のピアノ』は、これも仕事でお世話になった中日新聞東海本社編集委員の長井満喜広さんからいただいた本。先日、「感想が返ってこないけど、どうなの」とお叱り?のお電話をいただいてしまいました。焦ったぁ~。
改めて端から端までじっくり読んでみて、ジャーナリストが業務を離れ、一人のライターとして書き手魂を揺さぶられた軌跡が、手に取るように伝わってきました。主人公は聴覚障害を持つ浜松市出身のピアニスト宮本まどかさんとその母・山下尚子さん。長井さんが現役(中日新聞報道部長)時代に尚子さんに出合い、手弁当で取材をし、中日を定年退職後に出版した一冊です。
障害を持つ音楽家といえば、最近では盲目の天才ピアニスト辻井伸行さんが有名ですが、まどかさんは聴覚障害。子どもの頃、医師から「機械でいえばポンコツ、磨いて油をさして乗る中古自転車だ」と言われ、聴覚障害から来る平衡感覚の未発達で動作が鈍いことに“精神障害”のレッテルを張られ、幼稚園の父兄からは「どうして遊戯もできない、歌も歌えない耳の不自由な子が通園しているのか、恥ずかしいから来させないでくれ」と罵倒されながらも、母尚子さんは我が子を全力で守り支えます。
幼稚園のお友達が歌う『チューリップ』をボーっと眺めていたまどかさんに、「この歌だけはなんとか覚えさせたい」と念じた尚子さんは、オルガンを買い、鍵盤とまどかさんの指の爪に色を塗り、画用紙に描いた花の絵の音階を見せながら色を順番に押せば『チューリップ』になるという秘策を思いつきます。
まどかさんは次第に“音感”を感じ取れるようになり、同級生の前で『チューリップ』を完璧に弾くまでに。担任の先生が浜松ろう学校で教えた経験もあるピアノ講師を紹介し、10年間、レッスンを受け、ろう学校2年生(小学2年)のとき、学芸会で見事にピアノ演奏をし、新聞記事にもなりました。
まどかさんはその後、浜松の船越小学校、八幡中学、海の星高校、東京の清泉女子大に進みました。普通校での生活は健常者には想像もつかない苦労があったと思いますが、長井さんの文章は新聞記者らしい、センテンスの短い淡々としたもので、それが却って読み手を“行間”に誘い、自分だったら、自分の家族だったらと想像させずにいられません。結婚し、子どもをもうけ、ピアニストとしてプロデビューもし、大学講師として活躍中のまどかさん。直接演奏を聴いたことはありませんが、私もお名前だけは知っています。
尚子さんのもとには相談や教えを乞う障害者やその家族が次々とやってきて、尚子さんはボランティアで『山下教室』を開いて未就学児を預かるように。この活動はテレビや新聞などでも多く取り上げられたようですが、私は本書で初めて知りました。まどかさんも立派ですが、普通の主婦だった尚子さんが周囲の逆風に立ち向かっていく姿、そして自身の体験を社会に還元しようとする志の高さは本当に素晴らしい。
親が子を守るのは当然、と言ってしまえばそれまでですが、人間というのは「意思」の力で、聴覚障害者に音楽を与え、奏でさせ、健常者を感動させることさえできるという事実に感銘を受けます。このように、マスコミで注目されるケース以外にも、私たちの身近な市井に、「意思」を力に障害を乗り越えようとする多くの人々がいるだと思わせます。
私は私で、大新聞の報道部長さんの視界には入ってこないかもしれない市井の価値ある「意思」を見つけていきたい、と熱くなった一冊でした。
『農の塾』については、農林業もの好き研究会へお問い合わせを。
『沈黙のピアノ』は星雲社(TEL 03-3947-1021)までどうぞ。