杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

名古屋・広島・京都たび(その5)~六祖壇経との出合い

2012-06-02 11:05:15 | 仏教

 5月23日(水)は午前中いっぱい、全国新酒鑑評会できき酒をした後、東広島から新幹線で京都へ移動しました。新幹線を使うなんて貧乏旅行唯一のぜいたく・・・しかも東広島―京都間って、ローカル線&夜行バスを使った静岡―広島のトータル運賃とほぼ同じ(涙)。特急運賃ってやっぱり偉大なんだなあ(苦笑)。

 

 

 余計な費用をかけてでも途中下車して向かった先は、以前、坐禅に通っていた興聖寺さん。最近はなかなかタイミングが合わず、参禅の機会がなく、ご住職にも忘れられたかなあと思って、事前に訪問の趣旨と『白隠正宗』を送っておいたところ、ウェルカムで迎えていただきました。こういうとき、地元に『白隠正宗』のような地酒があるって本当に有難いなあ~と実感します。あ…別にお酒を誘い水にしたわけではなく、ご住職が白隠禅師をこよなく敬愛しているからですよ

 

 

 

 今回の興聖寺の訪問は、京都高麗美術館の片山真理子さんをご案内するのがひとつ目的でした。5月1日から7月1日まで、韓国蜜陽市立博物館で開催中の『壬辰420周年記念特別展・泗溟大師(松雲大師)』にちなみ、日本の朝鮮通信使研究家は、1592年の壬辰倭乱(文禄の役)で秀吉軍と応戦し、後に京都伏見で徳川家康と戦後処理にあたった松雲大師の足跡を調査中とのこと。片山さんもそのお一人で、私が映画『朝鮮通信使』制作時にお世話になった興聖寺をご案内することになった次第です。

 

 興聖寺のご住職は、修行寺としての矜持を堅持され、参禅以外は外部をシャットアウトされているため、高麗美術館と興聖寺はバスでほんの数分の距離にあるのに、訪問のきっかけがなかったそうです。私みたいなヨソモノがご縁つなぎになるなんて不思議な話ですが、興聖寺の歴史の価値を正当に理解し、真に評価する能力のある方にこうしておつなぎすることが自分の役割なんだろうと思いました。これもみ仏のお導きなんでしょうか・・・。

 

 

 

 古田織部が創建し、曾我蕭白の菩提寺である興聖寺は、現在、蕭白やへうげもの織部がブームになっているせいか、いろんなテレビ局や出版社から取材のオファーが来ているそうで、ご住職は、しぶしぶ取材に応じた話とか、自分は絶対出演不可と断言したのに隠し撮りをされた等を面白可笑しく話されました。

 創建者や開祖の教えについて改めて寺史を振り返り、きちんと調べて整理し、後世に正しく伝え残すことの意義を考えておられるようで、片山さんと私に、寺にまつわる興味深いお話をたくさんしてくださいました。今の、葬儀代行業化してしまった寺の問題、「仏教は好きだけど寺や坊さんは嫌い、信用できない」という世論調査にも触れられました。

 

 

 その中で、心に残ったのは、開祖虚応円耳が、織部に開祖として招かれる前、現在の寺の近くでホームレスの救済活動をしていた無役の僧だったということ。立派な寺を構え、宗派の中で出世する高僧ではなく、市井でトコトン実践する方だったんですね。その、開祖さまが修行中に肌身離さず持っていた禅の教本『六祖壇経』について、今のご住職が、ご自身の手で生涯をかけて解訳したいと熱意を持っておられたことでした。

 

 

 …私は恥ずかしながら『六祖壇経』の存在をこのとき初めて知って、静岡へ戻ってから書店をはしごし、店頭では見つからず、アマゾンで検索して文庫本になっていた解説書を入手しました。文庫本で一般にも買える経典にもかかわらず、ご自身の手で説いていきたいと真摯に語ったご住職の開祖さまに対する崇敬の思い・・・素人が軽々に語ってはいけないと思いますが、大変尊いものだと率直に感じます。私も、とりあえず解説書を心して読んでいきたいと思っています。

 

 

 

 

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 興聖寺を後にし、5月27日まで開催の京都今宵堂さんの酒器展『BAR 2C2H5OH+2CO2』を観に行きました。三条冨小路の路地裏にある町家を改装した無茶苦茶オシャレなギャラリーで、酒器展のために会場をカウンターバーにしつらえて、こんな雰囲気で展示されてました。Dsc00565

 

 

 

 

 

 

 貧乏旅行の身で、財布の中は残金ゼロ状Dsc00572態だったにもかかわらず、片山さんに借金してまで、これ、買ってしまいました・・・。グリーンボウルってネーミングも素敵ですね、新酒できたてのころの酒林をイメージしたものです。

 

 片山さんが興聖寺訪問のお礼にご馳走してくださるというので、今宵堂の上原さんに勧められた、近くの『京都捏(つくね)製作所』という居酒屋に向かいました。雑居ビルの奥にひっそり佇む小さな店で、酒のP箱を椅子にしたチープな雰囲気なんですが、個性的なラインナップの燗酒と、ビックリするほど洗練されたつくね料理に大感動! 京都の隠れ居酒屋、さすが奥が深いです・・・。

 

 セブン銀行でお金をおろして片山さんに借金返済し、再会を誓ってお別れし、夜行バスの時間まで街中を独りでブラ歩き。四条木屋町の路地裏で、酒林が吊る下がっている『壱』という店を見つけ、思い切って入ってみたら、日本酒専門の立ち飲みバーでした。こだわり銘柄が相当数揃っていて、いい酒販店さんとおつきあいしてるというのが判りました(静岡では磯自慢と初亀がありました)。小1時間しか居られませんでしたが、また訪ねたいなあ。

 

 

 バス移動2晩は、さすがに身体の節々にこたえ、今も腰痛や肩こりが治らないけど、本当に実りの多い旅行でした。お世話になった方々に心よりお礼申し上げます。

 

 なお、映画『朝鮮通信使』韓国語版DVDを、片山さんを通して密陽市立博物館へ送らせていただきました。松雲大師と家康の対面から始まった江戸時代の朝鮮通信使の善隣外交とその意義について、韓国において多少なりとも理解が進むことを期待します。静岡市でこの映画を製作した意義も、そこにあると信じて。