2日目はまず石廊崎に向かいその後下田に戻り街を歩きました。
石廊崎灯台 新島と式根島が見えます。
早春の海がキラキラと輝いていました。海の向こうはアメリカ。ペリー提督率いるフリーゲート艦「サスケハナ号」(黒船)が下田港に150年ぐらい昔に現れた時にはみんなびっくりしたでしょう。
この一帯は石廊神社(石廊権現)の敷地です。先端には熊野神社の祠もあります。
このロケーションを見れば海上交通・大漁祈願祈願の神社であることも納得できます。
白い灯台・紺碧の海・松林を吹き抜き潮風 日本の原風景ですね。
灯台は現在稼働していませんが7月頃一般公開があるそうです。GPSに押されて無用になりましたが途中のレストハウスも廃屋になったものもあり少し淋しい感じもします。
観光船に乗って海から岬を見るのも楽しいですよ。
さて私の大好きな町、下田にもどりました。
下田駅みたいに櫛形のホームがある終着駅はもうこれ以上先には行けない。折り返すだけ。
旅に出たなあという感じがして大好きです。(中央はリゾート21)
下田港
下田ロープウェイで寝姿山の展望台からの風景です。左に利島が見えます。
夕日が美しい下田港
玉泉寺の山門と本堂
日米和親条約が結ばれタウンゼント・ハリス総領事が下田に着任、玉泉寺は日本最初の米国総領事館として開設しました。
下田の青空に星条旗がまばゆい限りに掲揚されました。(私は見たわけではないがガイドに書いてある)
昭和54年の東京サミットでカーター大統領が来日してロザリン夫人とこのお寺を訪問しています。それを記念した碑です。
途中蓮台寺温泉で昼食をとったとか話題になりました。
玉泉寺境内にある日本最初の外人墓地です。
下田港を一周する観光船。サスケハナ号
途中の弁天島は吉田松陰が海外渡航を企てて隠れていた島です。
私は歴史の授業は暗記ばかりで嫌いでしたが江戸末期から明治初期までの話は好きです。
守旧派がが倒れて本当に実力がある人が世に出て日本全体が輝いていた時代です。
ペリー艦隊上陸の碑
了仙寺
日米下田条約が締結された寺院です。和親条約、その他、立て続けにいくつかの条約があります。
詳しくはパソコンで調べてください。
ペリーロード
安直楼
お吉が開いた小料理屋
唐人お吉。下田一の人気芸者だったお吉(本名斉藤きち)はハリスが病に倒れた時に看病することになりました。
もともと婚約者がいた彼女ですが・・・・最後は自殺してしまいます。涙の物語?
シナリオはいろいろあるので興味のある人はご自分で調べてください。
下田を歩いているとなまこ壁の住宅を目にします。
なまこ壁のある街並み。ほっとする旅でした。
ちなみに12月下旬から1月初旬に行くと爪木崎の水仙がきれいです。
以前に行ったときに撮影したものです。