木曽御嶽山が久しぶりに噴火しました。先日出かけた木曽路の宿場町は大丈夫でしょうか。また木曽福島の駅前など混乱しているかもしれません。早く収まってくれることを切に祈ります。
さて恵那駅より明知鉄道に乗車して大正ロマンの街として売り出している恵那市明智町に向かいます。
鉄道は明知、町名は明智です。
明知鉄道明知線は恵那駅より明智駅まで25.1km、2つの峠を越えて日本一急勾配の飯沼駅を過ぎたかと思うとのどかな丘陵地帯が見えてきたりほっこりする車窓です。
明智駅です。中部の駅百選にも入っています。
駅構内には鮮やかなヘッドマークがたくさんありました。
駅前は広々としたロータリーになっています。
観光案内所に行ってパンフレットでもいただこうと歩き始めました。殆ど人に会いません。
「第一町人発見!お父さん今何やっているの?」とか言ってみたい。
十六銀行も大正風?
いやあご立派。 観光案内所、レストラン浪漫亭が入っている建物。
ちょっと。お金賭けすぎじゃないの?
早速、町の案内図をもらって歩き始めます。最近はどこでも案内の冊子がよくそろっています。
まずは大正路地へ
石畳の小道は落ち着いていてゆっくり散策できます。
気持ちがいい初秋の風も吹いていました。
大正村役場。
トイレ完備などと案内図に書いてあるのも親切です。
明治39年に建てられた町役場。登録有形文化財。
地元の若い人たちが観光PRのビデオを撮影していたりして少し活気がありほっとしました。
路地の終点に絵画館がありました。
明治10年に建てられたこの建物は最初は小学校でした。
絵画館を右に曲がって丘の上を見ると大正ロマン館です。
6月は庭園のバラの花が綺麗だそうです。東京の古河邸や鳩山御殿みたいですがこれといった歴史的建造物ではないようです。
地方に行くとやたら公共事業で作った巨大な建造物が目につきます。
代官所陣屋跡
旧三宅家
元禄元年に普請された萱葺き屋根の家です。当時の雰囲気が分かります。
町を歩いているとこんな感じの街道の交差点、好きです。
尾張三河から信州への塩の道・絹の道として賑わったそうですが納得。
大正時代館
珈琲でも飲みながら蓄音機の演奏を楽しんで日本の近代ではわりと落ち着いていた大正時代を偲びましょう。
明治、昭和は戦争に明け暮れていましたからね。
大正時代は短かったので大正時代生まれの人は影が薄いのではないでしょうか。
でも太平洋戦争では明治時代の連戦連勝しか知らない上官にこき使われ、戦後の復興期になると昭和の人達に頭が古いなどと言われ苦労したようです。
その人達も80歳後半から90歳代です。本当にご苦労様でした。
帰りの列車は2両編成になりました。
途中下車して寒天のさと恵那市山岡に寄りました。
山岡駅
「かんてんかん」という資料館と寒天を素材に取り入れた寒天料理が味わえるレストランが併設されています。
どこか懐かしい風景
国内の95%以上を生産する「細寒天の里」山岡だそうです。
昔マッハ文朱さんという女子プロレスラーがいましたがここの寒天を使った食事療法で見事ダイエットに成功したことで有名になったそうです。
地元のタクシーの運転手さんが言ってました。
寒天ラーメンを食べてみました。
ラーメンの生地に寒天をねりこんであるのではなくて寒天そのものをラーメンのようにに細くしてありました。
さて恵那駅まで戻り帰路につきました。
快速名古屋行きに乗車。土岐とか夏になると関東地方の熊谷、館林などと並んで暑さで有名な多治見など大都市のベッドタウン的風景の中を行くものと思っていました。
突然車窓の左側に見事な渓谷が見えてきて、水量豊かな流れが豪快です。一級の観光地ではないのでしょうか。
自宅に帰って調べたら古虎渓という観光地で快速だったので停車しませんでしたが「古虎渓」という駅もありました。
古虎渓ハウスなどという若い人に人気の心霊スポットもあるそうですよ。
そこから少し走るとまた何もなかったようにベッドタウンが続きます。日本の地形は本当にすごい。
高蔵寺駅まで来ると環状鉄道などに接続して大都会です。
やがて名古屋駅に到着。中央本線・西線 塩尻~名古屋 174.8km全線乗車です。
反対ホームに下り特急「しなの」が停車していました。また木曽の山ん中走っていくんだなと思ったら少し前なのに懐かしくなりました。
木曽路の旅は終わりです。
「木曽路の女」という歌がありました。
雨にかすんだ 御嶽山を
じっと見上げる 女が一人
誰を呼ぶのか せせらぎよ
せめて噂をつれてきて
ああ恋は終わっても 好きですあなた
湯煙に揺れている 木曽路の女
原田悠里さんの歌ですね。
「木曽路のご隠居」じゃ歌にも絵にもならない。あたりまえか。
さて名古屋。
新幹線で大阪などは行っても途中下車して観光しようと思いません。
この機会だから少しぶらぶらするかと改札を出て高島屋に入りました。
これが東京のデパートよりきれいでたまげました。旅の最終日、汚い格好でうろうろしていると叩き出されるのではないかと思いそうそうに引き上げました。
新幹線ホームに立ちました。
今年は東海道新幹線開業50周年です。
開業当時は一日60本でしたが今は426本。
日本人は東に西へと何の用事があって走り回っているのでしょうか。
ご隠居が購入した指定券はあいにく博多発の「のぞみ」で車両のドアを開けると長旅に疲れたという感じがどっとしました。
皆が博多から乗車したわけではないでしょうが旅を楽しんでいるよりは用事があって仕方なく移動しているという感じです。
駅弁食べながら車窓を流れ去っていく山や畑をみて旅する在来線の特急の方がやっぱりいいなと思いました。