7月25日 編集手帳
11歳の少女は日記に書いている。
〈五月十四日土曜日、
晴。
ママと康ちゃん(弟)と一緒に銀座のコロンバンに行った。
干(ほし)葡萄(ぶどう)の入ったお菓子を買った。
あしたの晩、
みんなでお祖父(じい)ちゃまにおいしい洋食をさし上げる予定だからです〉
干葡萄のお菓子はどうなったのだろう。
翌日の記述は1行しかない。
〈五月十五日。
お祖父ちゃま御死去〉。
犬養毅(いぬかいつよし)首相が暗殺された1932年(昭和7年)の「五・一五事件」である。
総理大臣の権力も、
死に対しては何の力も持ち得ない。
限界のないもの、
絶対不変のものを求めて、
少女はクリスチャンになった。
評論家の犬養道子さんである。
20歳のとき、
父・健(たける)氏がソ連の謀略活動「ゾルゲ事件」に関与した疑いで逮捕された。
特高警察が家宅捜索に来る直前、
母親が書斎の書類を釜の底に入れ、
コメをぶち込むや、
飯を炊くのを犬養さんは見ている。
難民の支援活動などで見せた不屈の意志は、
昭和史が家族に見舞った不幸の中で育まれたのだろう。
犬養さんが96歳で亡くなった。
誰が名づけたか、
その呼び名がこれほど似つかわしい人もいない。
〈歴史の娘〉という。