保護者の方にお勧めの親子の対話・議論があります。
休みのときなど、のんびりできる機会にこそできる対話ですが、わたしが名づける「フィロソフィー議論」というものです。
たとえば、小学生と中学生のお子さんがいる場合、二人に対して「美しさとは何だと思う?」と親は、問いかけます。
どうやるかといえば、さまざまな「美しいもの」を列挙させます。
そして、それぞれに共通するもの(本質)を見つけるのです。
この答えは、年齢別の特徴が見受けられることが多いものです。
小学生の場合、海、ジュエリー、夕焼け、虹、箕面の山、もみじ、お化粧・・・などをあげる場合が多いものです。
ところが、中学生の場合、友情、思いやり、愛、協力・・・などをあげる場合が増えてきます。
小学生の場合、具体的に目に見えるものを言いますが、中学生の場合、目に見えるものから徐々に、抽象的で目に見えないものを加えていく傾向があります。
そして、小学生が中学生の考えに触れ、「ああ、そうなんだ」と思うことができます。
議論を進めていくと、一方、中学生は、「美しい」と「きれい」はちがう概念でないのかということに気づきだします。
この答えは、年齢別の特徴が見受けられることが多いものです。
小学生の場合、海、ジュエリー、夕焼け、虹、箕面の山、もみじ、お化粧・・・などをあげる場合が多いものです。
ところが、中学生の場合、友情、思いやり、愛、協力・・・などをあげる場合が増えてきます。
小学生の場合、具体的に目に見えるものを言いますが、中学生の場合、目に見えるものから徐々に、抽象的で目に見えないものを加えていく傾向があります。
そして、小学生が中学生の考えに触れ、「ああ、そうなんだ」と思うことができます。
議論を進めていくと、一方、中学生は、「美しい」と「きれい」はちがう概念でないのかということに気づきだします。
たとえば、「きれい」はたんに気持ちがいいで終わるけど、「美しい」とは「求めるもの」とか「理想とするもの」などという考えに及ぶこともあります。
このように、抽象的思考ができるのが中学生であるのです。(もちろん個人差はあります。)
哲学議論のようですが、時間のあるときに一度やってみると、お子さんの成長を確かめることができます。