緑には、東京しかない

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!!

夏日の皇居前広場:内堀通りの柳並木道を歩いて大手高麗門へ PART1

2013年07月25日 16時16分45秒 | 皇居周辺・城西


桔梗濠の脇を通り抜けて、散策を続けていきます。この界隈は、皇居前広場と皇居東御苑(江戸城本丸)の境目を構成しているエリアとなっています。




濠の水面脇にも黒松の木々が植えられていて、木々越しに「宮内庁」の庁舎の建物が見えました。




芝生広場の新緑を眺めながら、桔梗門を目指して散策していきます。この周辺は意外と車の通行が多いので、気をつけながら歩いていきます。




「内桜田門」という異名も持っている桔梗門、「桔梗」の名前は、昔この門に太田道灌の家紋の桔梗がついていたからという説があるのだとか。




桔梗門を渡った先は、「皇居東御苑」の敷地とつながっています。皇宮警察本部の建物や旧枢密院の建物にアクセスすることが出来ます。




桔梗門前から大手町地区の高層ビル群を撮影しました。半年ほど前と比較してみると、新たに高層ビルの建設工事が始まったり、建設中だった高層ビルが完成していたりと大きな変化がありました。




特に、パレスホテル東京の高層ビルの脇では「(仮称)日本生命大手町ビル」の建設工事のためのタワークレーンが4機も設置されていました。




皇居東御苑の敷地の東南角に設置されている「辰巳櫓」を撮影してみました。現在の皇居には江戸時代に建設された伏見櫓、富士見櫓とこの辰巳櫓の三つが残っています。




辰巳櫓の正式名称は「桜田二重櫓」と言うのだとか。




辰巳櫓と、パレスホテル東京の高層ビルを合わせて撮影してみました。




桔梗濠の水面の東側(大手町側)には内堀通りがまっすぐ通っています。内堀通りの柳並木道となっている歩道を歩いて大手高麗門へ向かいます。




内堀通りに沿った北側に広がっている大手町地区の高層ビル群をズームで撮影しました。「玉突き方式」という手法によって、次々に再開発工事が進められています。




内堀通りに沿って北側へ続いている「桔梗濠」の水面を撮影してみました。濠の水面に面している歩道には、新緑が綺麗な柳の並木道が整備されています。




ズームで撮影してみると「皇居東御苑・大手高麗門」が見えます。あの門こそが、江戸時代の江戸城の正門でもあるのです。あの門を目指して散策を続けていきます。




内堀通りを挟んだ反対側に広がっているのは「和田倉噴水公園」の緑地帯です。今の時期ですと、濃い新緑に敷地全体が覆われていました。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏日の皇居前広場:丸の内地区の高層ビル群を眺めながら散策する PART2

2013年07月24日 11時34分34秒 | 皇居周辺・城西


新緑が美しい広大な芝生広場と、植えられている黒松の木々越しに、丸の内地区の高層ビル群を撮影してみました。午前中の早い時間帯の散策だったため、逆光状態になってしまいました。




ズームで撮影してみると、丸の内駅前広場前の一等地に建っている「JPタワー」の高層ビルが写っています。皇居前広場から眺めてみると、大分高層ビルのイメージが違って見えます。




振り返って桜田門方向を撮影してみました。霞が関地区の中央省庁街の高層ビル群と、現在虎ノ門地区で建設中の高層ビル「虎ノ門ヒルズ」の存在感が大きいですね。




砂利が敷き詰められている広場の敷地が終わり、アスファルトで舗装されているエリアを散策していきます。坂下門や桔梗門等の、江戸城の門が密集しているエリアでもあります。




宮内庁舎の建物が脇に建っていることで有名な「坂下門」を撮影してみました。宮内庁の役人の人たちがこの門を毎日のように利用することから、皇居内でも最も人通りの多い門です。




散策時、ちょうど皇宮警察の警察官の人たちの乗馬訓練の様子を眺めることが出来ました。馬の上に乗っている警察官の人たちは正装ではなく、訓練時の服装でした。




二重橋周辺には多くの観光客の人たちが集まっていたのですが、坂下門周辺には人通りはほとんどありませんでした。




「皇居・坂下門」を正面から撮影してみました。門の手前には「坂下門橋」という名前の土橋が架けられており、この橋の南側が二重橋濠、北側が蛤濠と呼ばれています。




坂下門は江戸城西丸造営直後に造られたと伝えられています。西丸大奥に近く、西丸の通用門として利用されていましたが、今は宮内庁の出入口として利用されています。門の奥に「宮内庁」の庁舎の建物が見えます。




黒松の木々の間から「蛤濠」の水面を撮影してみました。対岸の敷地は「皇居東御苑」の緑地帯となっています。




振り返って、皇居前広場全体を見回してみました。東京都心部の、さらに中枢でもある界隈にこれだけ広大な広場を確保できたことは、考えてみると素晴らしいことだと思います。




皇居前広場と皇居東御苑を結んでいる桔梗門へ向かって散策を続けていきます。これまで離れた位置を通っていた交通量の多い内堀通りの大通りが見えてきました。




2012年5月にリニューアルオープンした「パレスホテル東京」の高層ビルを撮影してみました。高層ビルの脇では、新しい高層オフィスビルの建設工事が始まっています。




桔梗門周辺にも芝生広場や黒松の木々が整備されています。




黒松の木々を眺めながら、散策を続けていきます。この後は再び内堀通りの歩道を歩き、皇居東御苑の大手高麗門を目指します。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏日の皇居前広場:丸の内地区の高層ビル群を眺めながら散策する PART1

2013年07月23日 18時54分19秒 | 皇居周辺・城西


二重橋・正門石橋前から振り返って丸の内地区の高層ビル群を撮影しました。現在の丸の内・大手町地区は、江戸時代は「大名小路」という名前の日本全国の大名の屋敷が密集して建っていた場所なのです。




東京駅・丸の内駅前広場を囲むように高層ビル群が建っている丸の内地区をズームで撮影しました。丸の内地区の再開発工事による高層化は、2000年代に概ね終了しています(JPタワーは2013年に竣工)。




現在タワークレーンが建ち並び、再開発工事のピークを迎えているのが大手町地区です。地下鉄大手町駅前に建設中だった高さ200メートルの「東京プライムステージ」の高層ビルはほぼ完成し、タワークレーンが完全に撤去されました。




ここ約10年程の間に、皇居前広場から眺める丸の内・大手町地区の景観は変わってしまいました。1990年代には「黄昏の丸の内」などと揶揄されていたこの界隈が、まさか日本で一番のブランドエリアになるとは思ってもみませんでした。




広大な砂利道を歩き、皇居前広場の散策を続けていきます。霞が関の中央省庁街の高層ビル群を左手に眺めていきます。




正面に大手町地区の高層ビル群を眺めながら、皇居前広場内を散策します。砂利が広大に敷き詰められている広場内には、舗装された散策道が整備されています。




皇居前広場は、皇居よりも標高が低い場所に整備されています。皇居前広場を含めた一帯が、江戸時代初期の埋め立て工事によって海面や湿地帯を埋め立てて造成された経緯があります。




皇居前広場の北側に広がっているのは、江戸城の本丸などが設置されていた「皇居東御苑」の緑地帯です。




ズームで撮影してみると、皇居東御苑の敷地内にある「皇宮警察本部」の建物などが緑地帯の中に見えました。




振り返って二重橋と皇居正門方向を撮影してみました。二重橋が架橋されている場所へ向かって、徐々に緩やかな上り斜面になっています。




こうして見ると、皇居正門周辺には多くの木々が植えられていることが解ります。




二重橋・正門鉄橋を渡った先にある皇居の敷地内も鬱蒼とした緑に覆われています。東京都心部の中枢でありながら、この界隈は緑の比率が大変大きいのです。




皇居前広場の正式名称は「皇居外苑(こうきょがいえん)」と言います。1969年(昭和44年)に開園した北の丸地区(北の丸公園)と皇居前広場の皇居外苑地区、それに皇居の周り濠に沿った皇居外周地区を総括的に指しています。




一般的には「皇居外苑」という正式名称よりも、皇居前広場の方が広く知れ渡っているイメージがあります。




皇居前広場は、元々は皇室苑地であったところを戦後に国民公園として開放することが閣議決定され、1949年(昭和24年)に開園しました。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏日の皇居前広場:新緑に覆われている二重橋と皇居正門

2013年07月22日 09時44分44秒 | 皇居周辺・城西


桜田濠の水面と、皇居の敷地の石垣を眺めながら散策していると、いよいよ二重橋「正門石橋」が見えてきました。7月中旬の散策だったため、新緑に囲まれている二重橋を眺めることが出来そうです。




アーチ構造のスマートな雰囲気を持っている「正門石橋」を撮影してみました。予想通り、正門石橋の周辺は綺麗な新緑の濃い緑に覆われていました。天気も雲一つない青空だったので、ものすごく綺麗に撮影することが出来ました。




ただ、桜田濠の底には「藻」のような濃い緑色の植物が繁殖していて、水面全体が緑色に変色していました。7月なのに猛暑の日々が続いているからなのでしょうか。




「二重橋・正門石橋」を正面から撮影してみました。皇居前広場側から見て、石で造られた手前の「正門石橋」と、鉄で作られた奥の「正門鉄橋」という2つの橋があります。「二重橋」とは正しくは奥の正門鉄橋の呼称です。




散策時は風が全くと言っていいほど吹いていなかったので、桜田濠の水面には正門石橋のアーチが綺麗に写っていました。奥に見える皇居の敷地内も綺麗な新緑に覆われていました。




正門石橋を渡った先は皇居の敷地となっていて、巨大な石垣に囲まれた「皇居正門」が設置されています。正門周辺も新緑の木々に囲まれていました。




正門石橋のすぐそばまで近づいてみます。撮影スポットの前から緩やかな上り坂を上っていきます。




桜田濠の水面を見下ろして撮影しました。広場を歩いている人の姿や、柳の木々と比較してみると、石垣の巨大さが解りますね。奥には霞が関地区の中央省庁街の高層ビル群が見えます。




二重橋・正門石橋と、併設されている皇居正門を脇から撮影してみました。皇居正門の元の名前は西の丸大手門でしたが、明治21年(1888年)の明治宮殿造営の際に、この門のすぐ前にあった高麗門を撤去し名称も皇居正門と改めました。




連日のように続く猛暑のためか、桜田濠の水中には藻が繁殖していて、水面が緑色になっていました。普段は決して綺麗とは言いませんが、普通の水面のはずなのですが…。




江戸時代のときは土で出来た「土橋」でしたが、明治20年(1887年)12月に現在のようなめがね型をした美しいアーチを描いた石橋になっています。




新年や天皇誕生日の皇居一般参賀時には正門が開放され許可なく渡ることができますが、普段は施錠されています。




二重橋・正門石橋と皇居正門を正面から撮影してみました。周辺には数多くの制服警察官が配置されていて、正門石橋は二重のバリケードによって閉鎖されていました。




本来の意味での二重橋である「正門鉄橋」を撮影してみました。江戸城の西丸下乗橋のあった位置で、木造橋時代に橋桁が上下二段に架けられていました。そこから「二重橋」と呼ばれるようになったのです。現在の鉄橋は昭和39年(1964年)に架け替えられたもので、橋桁は二重ではありません。




ズームで撮影してみると、鉄橋周辺の水面も藻の繁殖によって緑色に覆われていました。正門鉄橋は水面から物凄く高い位置に架橋されているのが解りますね。




正門石橋を渡って皇居正門を抜けた先は「枡形」の地形となっていて、正門鉄橋を渡った先が、テレビのニュース番組などで良く流れる宮殿前の広場へ出ることが出来ます。




二重橋から坂下門方向へ伸びている「二重橋濠」の水面を撮影しました。水面の高さと比較してみると、皇居の敷地はかなり標高が高い場所にあることが解ります。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏日の皇居前広場:桜田門脇を通り抜けて、二重橋へ

2013年07月20日 12時25分55秒 | 皇居周辺・城西


皇居前広場の歩行者用広場を散策して二重橋へ向かいます。正面に見えている門は、江戸城時代の「桜田門・渡櫓門」です。一年ほど前から修繕工事が実施されていたのですが、どうやら工事は終了したみたいですね。




桜田門は、江戸城(現在の皇居)の内堀に造られた門の一つであり、桜田堀と凱旋堀の間にあります。昭和36年(1961年)に「旧江戸城外桜田門」として国の重要文化財(建造物)に指定されました。特別史跡「江戸城跡」の一画を占めています。




皇居前広場内にはアスファルトで舗装されている個所と、砂利道として整備されている個所の二つがあります。桜田門から内堀通りまで通じている場所はアスファルトで舗装されています。




普段は芝生広場の中に入って休憩したりしている人たちの姿をよく見かけるのですが、この日はほとんどそういった人の姿を見つけることはありませんでした。




桜田門に近づくと、「桜田濠」の水面と石垣が見えてきました。この石垣の向こう側が皇居の敷地が広がっているのです。




皇居前広場の地面と比較すると、皇居の敷地は一段標高が高い地形の上に造成されていることが解ります。桜田門もその地形を生かして設置されていますね。




ここから北側は、広大な砂利が敷き詰められている広場が広がっています。直射日光が当たって、砂利広場全体が真っ白に光り輝いていました。




見渡す限り障害物になりそうなものが一切ないので、皇居前広場の周囲を眺めることが出来ます。東京都心部の一等地でこれだけ広い土地を確保できているのはすごいことだと思います。




前方の人だかりが出来ている場所が、全国的に有名な「二重橋」の撮影スポットです。あの場所を目指して散策を続けていきます。




皇居前広場からは、丸の内地区と大手町地区の高層ビル群を綺麗に眺めることが出来ます。現在では再開発工事が進むにつれて二つの高層ビル群は合わさり、一体的になってきました。




東京駅丸の内駅前広場前に建っている丸の内ビルと新丸の内ビル(どちらも高さ200メートル)を中心に広がっているのが丸の内地区の高層ビル群です。




丸の内知己の北側に広がっているのが大手町地区の高層ビル群です。丸の内の再開発工事は2000年代に集中的に実施されて現在はひと段落した感がありますが、大手町地区では現在が再開発工事のピークを迎えています。




午前10時過ぎの時間帯の散策であり、二重橋を眺めに来る観光客の姿もだんだん増えてきたようですね。




都心部に広がる広大な皇居前広場ですが、皇居に隣接していることもあって歴史的に見ると「政治的」な事件の舞台にもなってきました。1945年(昭和20年)8月の終戦直前には、集団自決事件なども起こったのだとか。




戦後1950年(昭和25年)のデモ隊と占領軍が皇居前広場で激突した人民広場事件、その2年後の1952年(昭和27年)にはデモ隊と警察が皇居前広場で激突した血のメーデー事件などがあります。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする