緑の、東京ブログ

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!! ※ブログタイトルを変更しました。

早春の馬車道:本町四丁目交差点とみなとみらい線馬車道駅

2016年05月29日 06時00分00秒 | 関内・馬車道


馬車道商店街と本町通り(東西方向)が交差している「本町四丁目交差点」にやってきました。正面に写っているオレンジ色の建物は「横浜第二合同庁舎」となっています。




横浜港の海岸線に沿うように通っている「本町通り」沿いは、オフィスビルや商業ビルなどが建ち並んでいます。この道路の真下にはみなとみらい線の鉄道トンネルが通っています。




本町四丁目交差点前から西側を見渡してみると、みなとみらい21の高層オフィスビル群が広がっているのが見えます。




本町四丁目交差点の横断歩道を渡って、ローソンの店舗前にやってきました。ローソン前から振り返って、馬車道商店街の北端部分を撮影しました。




馬車道商店街の北端部分をズームで撮影しました。横浜港と、横浜の関門を結ぶ馬車道通りの入口となっていて、横浜にやってきた外国人の人たちはここを通っていたそうです。




交差点前から、西側方向へ向かって伸びている「本町通り」を撮影しました。本町通りを西側へまっすぐ向かうと、JR桜木町駅方向へ出ることができます。




本町四丁目交差点の北西角に建っている「東京芸術大学馬車道校舎」の建物と、周辺を撮影しました。馬車道周辺の街並みに相応しいモダンなデザインの建物となっています。




東京芸大のこの建物は、かつての「旧富士銀行横浜支店」でした。旧安田銀行横浜支店として1929年(昭和4年」に建設され、その後は富士銀行横浜支店となりました。




横浜第二合同庁舎の敷地前から馬車道商店街の北側入り口を撮影しました。




本町通りの道路ですが、JR桜木町駅から関内方向を結ぶ幹線道路になっているので、車の交通量が非常に多かったです。




本町四丁目交差点のそばには、みなとみらい線の馬車道駅が設置されています。この辺りには「馬車道」と言う住居表示は無いのですが、駅名に採用されています。




本町四丁目交差点から北側へも大通りが続いていて、この道路は「万国橋通り」と呼ばれています。万国橋通りを北側へ向かうと、新港埠頭方向へ向かうことができます。




北西側から交差点の全景を撮影しました。




横浜合同第二庁舎の敷地前から振り返って撮影しました。




これで馬車道商店街の散策は終わりです。



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早春の馬車道:馬車道を通り抜けて本町四丁目交差点へ PART2

2016年05月28日 06時01分00秒 | 関内・馬車道


馬車道通り沿いに建っている「神奈川県立歴史博物館」の建物ですが、元々は「横浜正金銀行本店本館」の建物でした。歩道には説明板が設置されています。




1900年(明治33年)に着工し、1904年(明治37年)に完成しました。妻木頼黄が設計、遠藤於菟が工事監督を務めた古典主義様式建築となっています。




馬車道商店街と「南仲通り」が交差する交差点前にやってきました。本町通りと交差している本町四丁目交差点までは、あと50メートルほどの距離です。




南仲通りとの交差点前に建っている「馬車道大津ビル」の建物の全景を撮影しました。横浜市歴史的建造物に認定されている現役のオフィスビルであり、1936年に竣工しました。




関内地域と横浜港を結ぶ道路のうちの1つとしてこの道は開通しました。外国人はこの道を馬車で往来しており、当時の人々にその姿は非常に珍しく、「異人馬車」などと呼んでいたことから、この道は「馬車道」と呼ばれるようになりました。




神奈川県立歴史博物館の敷地前に設置されている「国指定重要文化財 旧横浜正金銀行本店本館」出会ったことを示す石碑の全景を撮影しました。




石碑のそばには、1996年3月に神奈川県教育委員会が設置した説明ボードもありました。




「ルネ横浜馬車道ビル」「あいおいニッセイ同和損保横浜ビル」の敷地前を通り抜けていきます。




北東側から撮影した「神奈川県立歴史博物館」、以前の「旧横浜正金銀行本店本館」の建物の全景です。敷地の北東側に建っているドームが特徴的です。




神奈川県立歴史博物館の敷地北側を通っている「南仲通り」の道路を撮影しました。




壁面部分のデザインを眺めていると、東京駅の丸の内駅舎の外観にも似た部分が多いですね。




馬車道大津ビルの敷地前にも説明板が設置してありました。元々この建物は「旧東京海上火災保険ビル」として使用されていた建物であり、地上4階・地下1階建ての構造となっています。




1936年(昭和11年)に建設された建物であり、2000年(平成12年)に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。




馬車道大津ビルの敷地前から振り返って、JR関内駅方向(北側)を撮影しました。




横浜正金銀行本店本館の建物ですが、1947年に横浜正金銀行は東京銀行へと変わり、「東京銀行横浜支店」として使用されていました。その後の1964年に神奈川県に買い取られ、博物館として生まれ変わることになりました。




本町四丁目交差点の南東角に建っている「東京芸術大学馬車道校舎」の敷地前にやってきました。敷地そばにも、建物の説明板が設置されていました。




現在の東京芸術大学の校舎の建物は、以前は「旧富士銀行横浜支店」として使用されていました。この建物の全景の写真については、次回の記事にて。



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早春の馬車道:馬車道を通り抜けて本町四丁目交差点へ PART1

2016年05月28日 06時00分00秒 | 関内・馬車道


南東側から、弁天通りとの交差点前から撮影した「神奈川県立歴史博物館」の建物の全景です。馬車道通り商店街の歩道から少し寄り道して、この建物の周辺を回って行きます。




すぐそばに設置されていた「日本写真の開祖 下岡蓮杖」の説明板を撮影しました。




馬車道商店街と、弁天通りの交差点の全景を撮影しました。東西方向に通っている弁天通りを、西側へ向かって寄り道していきます。




同じ場所から、北側へ向かって伸びている馬車道商店街の道路を撮影しました。この界隈は、銀行や博物館などの重要建造物が建ち並んでいます。




交差点前から、東側(中華街方向)へ向かって伸びている弁天通りを撮影しました。弁天通り沿いも、オフィスビルや雑居ビルが建ち並んでいます。




南西側から「神奈川県立歴史博物館」の建物の全景を撮影しました。1968年(昭和43年)に神奈川県立博物館として開館し、1995年に歴史博物館として再編されました。




現在の博物館内においては、横浜で貿易商をしていた丹波恒夫の浮世絵コレクション6000点以上などを所蔵しています。




神奈川県立歴史博物館の敷地南側を通っている弁天通りを撮影しました。




歴史博物館の正門玄関の全景を撮影しました。馬車道商店街に面して設置されておらず、敷地西側に設置されています。




この日の歴史博物館内では「神奈川の歴史を彩った石の文化 石展」が実施されていました。




正門玄関前には「旧居住地90番出土の大砲」が置かれていました。




歴史博物館の正門玄関前から、「損保ジャパン日本興亜馬車道ビル」の高層ビルの全景を撮影しました。低層階部分は、1989年の「旧川崎銀行横浜支店」の建て替え工事以前の保存部分となっています。




「旧川崎銀行横浜支店」の保存部分を北西側から撮影しました。




馬車道商店街と弁天通りの交差点前に戻ってきました。交差点前から南側(JR関内駅方向)を向いて撮影しました。




馬車道商店街の歩道を、北側へ向かって歩いて行きます。前方に、本町通りと交差している「本町四丁目交差点」が見えてきました。




本町四丁目交差点前に建っている「東京芸術大学馬車町校舎」「馬車町大津ビル」の建物群を撮影しました。




歩道に設置してある、神奈川県立歴史博物館の建物についての説明板を撮影しました。元々歴史博物館の建物は、旧横浜正金銀行本店本館だった建物です。



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早春の馬車道:JR関内駅から馬車道商店街へ PART2

2016年05月27日 06時01分00秒 | 関内・馬車道


馬車道商店街と、住吉町通り(入船通り)の交差点の全景と、周辺の建物群を撮影しました。馬車道会館ビルなどの建物が建ち並んでいます。




住吉町通り(入船通り)との交差点前から振り返って、JR関内駅方向を向いて撮影しました。




交差点前から、東側(横浜公園方向)に向かって伸びている住吉町通り(入船通り)を向いて撮影しました。この界隈は商業ビルやオフィスビルなどが建ち並んでいます。




住吉町通り(入船通り)との交差点前には、本物のガス灯(頭部分)の街灯が設置されていました。




馬車道通り商店街を北側へ向かって散策を続けていきます。所々の区画で、古い商業ビルを取り壊して建て替える工事が行われていました。




前方に「平安堂薬局」の店舗などが入っている「馬車道商栄ビル」の建物が見えてきました。




馬車道通り商店街と、「相生町通り」が交差する交差点前にやってきました。




交差点前から「馬車道商栄ビル」「馬車道第三共同ビル」の建物群の全景を撮影しました。




この馬車道商店街の中や周辺にも、中華街の店舗が多いです。横浜中華街とは、直線距離で約800メートルほど離れた場所です。




馬車道商店街と「太田町通り」との交差点前にやってきました。馬車道通り商店街と交差している道路の中では、道幅の広い大通りとなっています。




太田町通りとの交差点前から「損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル」の建物の全景を撮影しました。横浜市認定歴史的建造物に認定されている建物です。




交差点前から太田町通り(西側方向)を向いて撮影しました。この道路を西側へ向かうと、みなとみらい21地区方向へ出ることができます。




同じく、交差点前から太田町通り(東側方向)です。太田町通りの両側はオフィスビルや商業ビルなどが多く建ち並んでいます。




同じ場所から振り返って、JR関内駅方向を向いて撮影しました。




この太田町通り方北側一帯は、横浜市中区の「弁天通り地区」となっています。




「損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル」の高層ビルの低層階部分を撮影しました。1989年に完成した高層ビルで、旧川崎銀行横浜支店(1922年築)の外壁部分を保存して建物を高層化されています。




損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビルの敷地前には、「日本写真の開祖 写真師・正岡蓮杖顕彰碑」と言う名前のモニュメントが設置してありました。



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早春の馬車道:JR関内駅から馬車道商店街へ PART1

2016年05月27日 06時00分00秒 | 関内・馬車道


JR根岸線の関内駅北口前にやってきました。北口から少し西側へ200メートルほど進んだ先にある交差点から北側へ向かって歩いて行きます。




しばらく北側へ向かって歩くと、尾上町通りの「馬車道交差点」前にやってきました。ここが馬車道商店街の南端部に位置しています。




馬車道交差点から北側(海側)へ向かってまっすぐ伸びている通りが「馬車道商店街」となっています。馬車道とは地元市民に定着した伝統的な通称としての地域名称であり、行政上の正式な町名ではありません。




馬車道交差点前から、北側へ向かって伸びている尾上町通りを撮影しました。この通りを北側へ向かうと、JR桜木町駅方向へ出ることができます。




交差点の横断歩道を渡って、馬車道商店街の南端部にやってきました。商店街入り口には、アーチ状のゲート門が設置されています。




馬車道商店街の至る場所には、事業としては日本初のガス灯が設置された経緯として、ガス灯を模した街路灯が多く設置されています。中には、本物のガス灯(頭だけ)も設置されているそうです。




馬車道商店街の歩道を、北側(横浜港側)へ向かって歩いて行きます。平日のお昼過ぎの時間帯だったので、人通りはほとんどありませんでした。




馬車道交差点のすぐそばには、馬車道商店街と周辺の地図も設置されていました。みなとみらい線の馬車道駅へ向かいます。




馬車道通り商店街は、北側から南側(JR関内駅方向)へ向かっての一方通行となっています。




「共栄社商事ビル」の敷地前を通り抜けていきます。建物一階には、りそな銀行の店舗が入っています。




りそな銀行店舗の向かいに建っている「総合共済ビル」のオレンジ色の建物を撮影しました。その隣には「リッチモンドホテル横浜馬車道」のシティホテルの建物が建っています。




この界隈は、横浜都心の一つであるJR関内駅北側一帯のオフィスビル街や金融街の街並みとなっているようです。




総合共済ビルの敷地南側を通っている道路の「常盤町通り」を撮影しました。この界隈は、横浜市中区の相生町五丁目地区と呼ばれています。




同じ場所から振り返って、馬車道交差点方向を撮影しました。




関内の桜木町寄りに位置するこの道路は、幕末に開港したことから始まります。幕府は神奈川(横浜)を開港させ、「吉田橋」に関門を設けます。その初めにできた関門に開港場側から至る道が馬車道です。




国道133号(本町通り)を過ぎると万国橋通り、首都高を越えると伊勢佐木町通り。また、馬車道の周辺地域も馬車道と呼ばれています。




リッチモンドホテル横浜馬車道の敷地北側を通っている「住吉町通り(入船通り)」を撮影しました。



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